青空くんと赤星くん
外はすっかり日が暮れて夜になっていた。
スカートから出ている脚に夜風がビュンビュンあたって寒い。
「あっ!お母さんにメールしなきゃ!」
もうすぐで19時を過ぎてしまいそうだった。
彼氏と一緒にいると時間をついつい忘れてしまう、という理由は、不良娘にはしないという志を持つ頑迷な両親にはとどかない。
「だったらもっと朝早くから遊びなさい」と言うお母さんが容易に想像できる。
「そうだね。心配するといけないし」
「また忘れるところだった。危ない危ない」
「また?」
「この前、遅くなちゃったときがあって」
「夜景スポットを見に行った日?ごめんね」
「……いえ。あれは私のせいですから……」
それもあったな……。
私が言ったのは、赤星くんと帰ったあの日のことだったけれど、言うべきだろうか?
心配をかけるだけかな?
「門限は何時?」
「門限はありません。遅くなるって連絡さえすれば、基本的には何時でもOKです」
「そっか。……何時でもOKの限界、確かめてみる?」
「え?」
「なにも。家まで時間かかるから帰ろうか」
駅ナカは人で溢れ返っていて、真っ直ぐ進めない。
自然と繋いでいた手を離したとき、視界に同じ制服の子が飛び込んできた。
え?
赤星くんだっ!
赤星くんがいる!
…………あれ、どうしたの?
私は目を凝らして、遠くを見ようとした。
人が雑踏しているこの場所からではよく見えないけれど、赤星くんの弱々しい表情が一瞬だけ見えた。
「くるみちゃん!こっちだよ!」
「待ってください!今、赤星くんがいました」
「は?赤星?」
「はい」
「それが何?」
青先輩が語気を荒めて言い、いつもの丸い瞳をとがらせて周りを見渡した。
「赤星ね……。わざわざききたくないから今まで黙ってたけど、昼ご飯を一緒に食べてた写真には驚いたよ。隣の席だから仲良くなったわけだ?」
「あお、青先輩だって、女子と一緒に食べてますよね……」
「うん。ラムボールはあげてないけどね」
無愛想に言われて、何も言えなかった。
いつも明るくて優しい青先輩でも、こんな表情するんだ……。
手は繋がないまま電車に乗った。
城元駅から家までの距離は、行きの距離と同じはずなのに、帰りの方が何倍も長く感じられた。
普通は、行きよりも帰りの方が短く感じるものなのに。
「ここで降りないと……。今日はごちそうさまでした」
「……またね」
ホームに降り立つと、すごく虚しい気持ちになった。
寒さのせいかな。
それとも、手を離したせいかな。
ドアが閉まったあと振り返ると、窓ガラス超しに目が合った。
……仲直りしてないのに、降りるべきじゃなかった。
急いでスマホを出し、青先輩のアイコンをタップしたところで指が止まる。
なんて打ったらいいの?
どうして赤星くんの名前なんて出しちゃったのか。
親指の爪でコンコンコンコン画面を叩いていると、メールが届いた。
『ごめん』
私が先に言うべきだったのに。
『ただの嫉妬だから。くるみちゃんは謝らないでいいから』
ちょっと待って。
『ただ、好きって送ってほしい』
すき……。
それが知りたくて、育ててみたくて、私は青先輩の彼女になったんだ。
『まだ一度も言ってくれないね』
そうだった……。
きっと、今の胸の痛みこそ、その証拠だよね。
私、青先輩のことが、
『好きです』
好きになったんだ。
『俺も好きだよ』
両思いだね。
これからも育てていかなくちゃ。
『仲直りしてください』
ああ、早く笑顔が見たいな。
『もちろん。また明日ね』
『また明日』
胸にすっと降りてきた幸せ。
これが恋してるって、好きってことなんだよね。
最初は無理矢理一つの傘におさまって、相合傘ごっこをしているみたいだったのに。
『好きな気持ちがちょっとはクルミにもあんだから、両思いになるように育ててみれば?』
アドバイスありがとうアイス。
ちゃんと好きになれたよ。