青空くんと赤星くん





カシャっという音で目が覚めた。
青先輩のニコニコした顔が真ん前にあって、思い切りのけ反ったら後ろの壁に激突した。
よしよしと頭をなでられて、「驚かせてごめんね」と青先輩が謝った。



「うう……。寝ちゃってごめんなさい」
「いーよ。初々しい寝顔で、すごくかわいかった」
「絶対にブサイクだったはずです。恥ずかしい……」
「本当にかわいかったって。それ見てたら、俺も寝落ちしそうになったよ」
「……青先輩は、かわいいかわいい言い過ぎです」
「だって事実、かわいいよ」



寝起きのぼんやりとした頭で見つめ合っていると、自然とお互いに腕を回して、抱きしめ合っていた。
毛布にくるまるように青先輩の胸の前で体をひねり、赤ちゃんが抱っこされているような姿勢をとった。
先輩はぎゅっと抱え込んで、「もっとおいで」と言った。



「かわいい」「好きだよ」と、甘い言葉がたくさんふってくる。
こんなふうに可愛がられることは初めてだ。
これが彼氏というものなんだね。
初めて感じる心地良さにもっと溺れたい……。
力を抜いて寄りかかり、完全に体を預けてみた。



ああ、どうしよう。
溺れるほどとんでもなく瞼が下がってきてしまう。
何か話してないと、また寝落ちしてしまいそうだ。



「青先輩が初めて付き合ったのは、いつですか?小学生とかかな?」
「それ今きくの?」
「え?ごめんなさい。なぜか浮かんだんです」



先輩の鎖骨におでこをくっつけた。
少し頬を意識すれば相手の鼓動が伝わってきて、急に愛くるしい存在だなぁ、と感じた。



「たしか小3だよ。同じ英会話教室の子だった」

「どうして別れちゃったんですか?」

「覚えてないなぁ。一緒にレッスンバッグを振り回してたことは覚えてるのに」

「そういう些細な記憶って良いですよね。どんな女の子だったのかも忘れたんですか?」

「忘れたなぁ。でも、その子のお母さんのことは記憶に残ってる。黄緑色のアイシャドウをして派手なスカーフを巻いてたから、エイリアンみたいで怖かったんだ。ほら、ちょうどこの前デートしたときに見かけた人に似てるな。エレベーター前でジュース飲んでた時に来た女性。覚えてる?」

「う~んと。なんか覚えてるかも。紙袋持ってた有閑マダムみたいな人ですか?」

「そうそう!」




頭の中で、有閑マダムが紙袋を提げて登場して、エレベーターに乗り込んで退場していった。
あんな些細なワンシーンでも、私と青先輩の共有アルバムに保存されていたなんて、ちょっとおかしくて笑った。



「次の人は、いくつになったときですか?」
「小5くらいかな」
「次は?」
「中2」
「次は?」
「高1」
「次が私ですか?」
「ごめん。高2にもうひとり。で、次がくるみちゃん。一番好きになった子だよ」



おでこにキスがおちた。
柔らかいキス。
目を閉じたら眠ってしまいそうなキス。
また眠ってしまったら、さすがに申し訳ない。
見上げると、青先輩の顎の裏側に少し大きなほくろを発見した。
5人の元カノのうち、このほくろに気が付いた人は何人かな?




「私の一つ前の彼女とは、どうして別れたんですか?」

「それは言いたくないな」

「……まだ好き、とか?」

「ぜんぜん。もう興味ないよ」

「じゃあ、元カノの悪口、10個言ってみてください」

「なにそれ、かわいい。そもそも、どうして元カノの話をききたいの?」

「興味がわいちゃって。でも、青先輩が言いたくないなら、もうやめます」

「言いたくないっていうか、隠すほどのことでもないけど。……あの子は、なんて言うのか、撮り魔?なんでもかんでも撮らないと気がすまないっていうか。すぐにSNSにあげたりするんだ。俺がそこに冷めちゃった。何回かいやだって言ったけど、伝わらなくて」

「なんでもかんでもは、うっとうしいかもしれませんね。青先輩はイケメンだから、気持ちはわからなくもないけど」

「くるみちゃんは逆に撮らない方だよね」

「思いつかないんです。面倒くさいっていうのもあります」

「めんどうだけどそれでも撮りたいって気持ちが勝るときがシャッターチャンスなわけだけど、それが合わなかったってことだね。あの子は写真を撮るのが趣味だったから、デートに行くと一眼レフカメラを持参してたんだけど、それでなんでも撮るんだ。食べる前には必ずご飯をカシャ。遊びに行った先でも必ずカシャ」

「それって、けっこう私たちもやってませんか?スマホで」

「回数がぜんぜん違うよ。同じものを何カットも撮ったり、スマホのカメラならその場で編集して、気に入らなければもう一度撮り直すから」

「一回のデートでアルバム一冊作れちゃいますね」




だから青先輩は嗜好が合う私を好きになったのかもしれない。
甘いものが大好き、たったそれだけだけど、食の相性が合うってけっこう大事だ。
甘いものをシェアして食べられる、というのは、一緒に幸せ気分もシェアできるからね。



「デートしてるときに撮ることに集中してほしくないっていうか。せっかくの瞬間をレンズを通してみるのはもったいないよね?」



もったいない、のかな?
カメラの窓から覗いて、青先輩や景色の最高の瞬間を撮ることは、きっと眼で直接見ることと同じなんじゃないのかな。
花火も恋人の笑顔もどんな被写体でも、真剣な眼差しで観れば、レンズ越しだろうと生で観ようと、どちらも変わりなさそうな。




「写真は撮っておくと、後から価値が上がりますよね」

「それはそうだね。写真は一瞬を保存して後から見返せる点が真骨頂!……これは、あの子の受け売りだ」

「そのデータが消えたときの悲しみたるや」

「カメラが趣味ってのは良いよね。そういえば、シャッター速度の調整とか、ポジション取りとか気にしてたな」

「カメラマンみたい」

「俺は三脚を持たせられたり、許可が出るまで食べられなかったり、そこに立ってとか、あっちから歩いてきてとか、そっちの方ががいやだったのかも」

「カメラマンの助手兼モデル兼彼氏の三役だったんですね」




カメラが好きな元カノにしてみれば、青先輩は理想の被写体だったんだろうな。
転んでフォームを崩したとしても、絵になるような人だから。



私も青先輩の食べてるところを見るのが好きだから、よく頭の中でシャッターをきってしまう。
食べる前と、食べている最中と、食べ終わった後の表情は、どれも違う。



むしろその元カノは、カメラの窓から真剣に青先輩を観ていたかもしれない。
私が直接この眼で見るよりもずっと真剣に、強い眼差しで観ていたんじゃないかな。



カメラの設定で悩む元カノと、撮らない、もしくは撮ってもスマホに内蔵されているカメラのオートモードで撮る彼女。
どっちがより真剣に青先輩を観ているだろうか。



これを言ったら、青先輩は元カノとよりを戻したくなったりして?
それは嫌かも。
この気持ちは嫉妬なのかな?
嫉妬だとしたら、好きが育ってきているってことだよね。
良い感じだ。



「高2のいつからいつまで付き合ってたんですか?どんなところが好きだったんですか?」
「……高2になってから年明けくらいまで。どこが好きだったかは、くるみちゃんの前で言いたくないよ」
「もしかして、その元カノは撮影禁止の場所でも撮ったりしてましたか?」
「え?……ああ、そういえばそうだな。撮り魔になると常識に欠けるときがあった。
初詣に行った時に神社を撮ってて、撮影禁止のマークがあったから注意したら、それが最後の喧嘩になった」
「お正月早々に別れたんですね」



青先輩が姫と闘っちゃいけないと主張したのは、元カノが撮り魔だったことが原因かもしれない。



そして、あの隠し撮りをしたのはもしかして……。



って、飛躍してるかな。
元カノは同じ高校の子ですか?
だとしたら、何組ですか?
とききたいけれど、青先輩とした『姫と闘わない』という約束がある。
うかつに質問はできない。



「そんな顔しないで。元カノのことはもう好きじゃないよ。……こっち見て」



読みが外れているけれど、とりあえず曖昧に微笑んだ。



「くるみちゃんとは別れないよ」



約束を結ぶように舌を絡ませた。
体全体がほぐれるような心地よいキス。
私からもちゅっと返したとき、そういえば昔、親戚の赤ちゃんを抱っこさせてもらったときに生まれた感情と似ていると思った。
赤ちゃんのいたいけな手足がピクっと反応して動く様子がたまらなく可愛くて、まだ産毛のような髪しか生えていない頭に、思わずちゅうっとしたことがある。



私は薄目で青先輩を見た。
赤ちゃんの倍はありそうな体。
ロンパースなんてとても着れないよね。
私は先輩がロンパースを着た姿を想像して吹き出した。
空気が漏れて、「プブッ」という変な音が出た。



「笑った?」
「すみません。……おしゃぶりしてるみたいだなって」
「余裕だね」



いきなりセーターの裾が上がって、一気に脱がされた。
眠気は一気に吹き飛んで、やだ、と言う間もなく口の中に舌が入ってきた。



ンウ!



舌を押し返したり、唇をひき離そうとすれば、逆に口全体を覆うようにキスをされ、背中がラグマットに沈んだ。
両手で抵抗すると、やっと口を放してくれたけど、かわりに両手を掴まれた。


「は、はなして、ください」
「余裕そうだから、先に進もうよ」
「そ、それは、えっと……」
「ワンピースって脱がすの好きなんだ。一気に下まで見えるから」



スカートの裾をめくられると、タイツの上からでも太ももが空気に触れて涼しくなっていくのがわかった。
キャア!と悲鳴をあげると、手が腰のところで止まった。




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