青空くんと赤星くん





「なーんてね。冗談だよ」



青先輩は軽い調子で言って、私の背中に手を回して起き上がらせた。



「くるみちゃんが他の事を考えてるのがいやでね、つい。次やったら、食っちゃうからね」
「ごごごめんなさいっ」



そういえば前に、「俺はいつでもいい」と言っていたな。
ということは、私が悲鳴を上げなかったら、最後までしていたってことだよね?
いやいや……。
こんなに優しくて可愛らしくて素敵な人に、そんな行為ができるのかな?



でもさっき、ワンピースを脱がすのが好きだって言ってなかったかな……。



「あの、ちょっと質問してもいいですか?」
「たくさんどうぞ」
「ひとつだけで。……初体験ってまだですよね?」



だってまだ高校生だもん。
ませているカップルならまだしも、青先輩はそういうタイプには見えない。
学級委員で、大学進学も推薦で合格するような真面目な男子のはずだ。
見た目が良いから遊び放題に見えるけれど、お付き合いは品行方正だと思う。
「嫌がることはしない」って言ってくれたしね(さっきのは私が悪かったから、ノーカンだ)。



「……」
「……もしもし?」
「セーター着せてあげる。バンザイして」



言われるがまま腕をあげてセーターを被った。
袖を通して、襟ぐりから顔を出すと、青先輩が私の髪の毛を整えながら言った。




「この白いセーター着るとさ、くるみちゃん羊に見えるよ。メーッ」

「メーって、それは山羊ですよ!」

「一緒じゃないの?なんだったかな~、羊と山羊の違い。昔聞いたことあるんだけど。羊もヤギ亜科だった気がする。そういや小学生のころさ、羊は毛を刈られたら山羊になるって思ってたんだ」

「青空少年かわいいです」

「羊と山羊は別種だけど、まぁ、鳴き方は似たようなもんだよ」

「そうなんですか?そういう青先輩だって、真っ白い羊みたいですよ」

「羊は羊でも、俺は羊の皮を被った狼だから、ガオーだね」

「さっき学びました。……ということは、それって、さっきの質問は……」

「高1」

「高1っ!?16歳!?」

「もう家に帰るよね?駅まで送るよ」

「帰りますっ!」

「それか、家まで送ろうか?」

「遠いので大丈夫です!」

「そんな遠慮しないで」




後ろから首元にかぷっと噛みつこうとする青先輩をかがんで避けて、コートとリュックを掴んで玄関にダッシュした。
後ろから、「ガオー!」と楽しそうに吠えて追いかけてくる青先輩、……いや、送り狼がいる。



ブーツを履きながら、私は羊じゃなくて牛なのを思い出した。
ね、そうなんでしょう?赤星くん。
月曜日は普通にしゃべってくれるかな?



「って、私は牛じゃなーい!」
「そうだ!牛尾田って苗字だったね。思い出したよ。羊も山羊も同じウシ科だ!」



ひとり納得して追いついてきた青先輩は、
「牛の皮を被った羊さん、つーかまーえたー」と私の手を握って外に出た。



今日初めてきた町の空は、土曜日が終わりかけているのにふさわしい、真っ赤に焼けた夕焼けが広がっていた。



「青先輩は月曜からもお休みなんですよね。羨ましいです」
「もう学校に通えないってなると、けっこう恋しくなるもんだよ」



まだ2月初旬だけど、3年生は受験がすんだ人から実質春休みだ。
月曜日から金曜日まで朝早く起きて勉強して夕方まで拘束されなくていいなんて、高2の私からすれば天国だよ。



「恋しいなら、私の代わりに通ってほしいなぁ。ちょうど、月曜日に数学と日本史の小テストがあるんです」
「替え玉試験してもいいけど、その間くるみちゃんは家で何してるの?」
「うーん。とりあえず寝ます」
「頑張りなよ。俺も暇だし教えるからさ。あーあ、俺たち同じ学年だったらよかったな」
「留年はどうですか?」
「それはごめん」



カーンっという時報チャイムがちょうど鳴った。
夕方を知らせた市内放送に、公園から出てきた男の子たちが急いだ様子で自転車に乗って、私たちの脇を通り過ぎた。




「大学って1年の3分の1が休みなんだって。
バイトし放題っていうか、別にバイトしに大学行くわけじゃないけどさ。授業も高校みたいに1限目から6限目までびっしりあるわけじゃないらしいし」

「そうなんだぁ。私も早く大学生になりたいです」

「時間的にも金銭的にも余裕があるから、たくさんデートしようね」

「はい。よかった」

「車の免許も取るから行動範囲も広がるし、遠い店にもどんどんスイーツ巡りしに行こうね」

「わ~い!」

「いいでしょう?年上の彼氏と付き合うというのは」

「はい!」

「ん、いい子。俺が学校にいなくなっても寂しい思いはさせないよ。だから、学校の男に目移りしないで。……よそ見は禁止。いいね?」




繋いだ手をぶんぶん振りながら頷いた。
デザートビュッフェに立つ私たちを想像してみよう。
素敵な甘い海を目の前に、何をお皿に取ろうかな?と、贅沢な悩みに溺れている……。



「はやく卒業しないかな」
「悪い子だね。留年してやろうか?」
「それはごめん」



お別れのキスを軽く2回して別れた。
そのとき、いつもの「また明日ね」が「じゃあまたいつかね」に変化した。



中学3年生の卒業式の日、「また絶対会おうね」と言ったきり、高校にあがったら音信不通になってしまった友人たち。
友情が冷めるものなら、愛情も同じように冷めるものなのかな。
気持ちは目に見えないから、好きを推し量る愛のバロメーターがあれば便利なのに。



春の訪れが冷たいよ。
青先輩、スイーツ巡り忘れないでね。




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