青空くんと赤星くん
青鬼
LHRで『いじめアンケート調査用紙』が配られた。
問1には、『私は虐めを受けている』というストレート球が投げらていて、あてはまる/あてはならないに○を付けよ、とのことだった。
真っ先に浮かんだのは、姫。
直接何かをされたわけじゃない。
面と向かって暴言を吐かれたり暴力を振るわれたりしたわけじゃない。
SNSに個人情報をさらされて、そのせいで何十人からの悪質なメールが届いただけ。
その投稿は数百人からグッドボタンが押されて、リツイートの数もすごかった。
けれど、『こういうことは止めなさい』と姫に注意する人はいなかった……、たったふたり、梨華先輩と赤星くんを除いては。
もしもグッドボタンの数が正義なら、私のされたことはいじめじゃないんだろうか。
されて当然の仕打ちだったのかな。
みんなの観点と私の観点が違い過ぎて、もうわからなくなる。
私は被害者だって思っていたけど、周りからは浮気をするような悪者だと認識されている。
あの盗撮は私にも落ち度があった。
青先輩という学校のアイドルと付き合っているのに、柔道部の人たちと一緒にご飯を食べた。
いつも一緒に食べているわけじゃないし、後から望ちゃんが来たから男子だけではなかったけれど、そんな事情は青先輩のファンたちは知る由もないよね。
きっと、今でも悪口は続いてるんだろう。
私のアカウントは未だに一時停止中だから、ステータスバーに新しい通知がくることはないけれど、解除したらどっさりくるんだろうな。
「はぁ……」
知らないって楽だ。
私はいじめられてなんかない。
よく事情を知らない人たちから少し非難されただけ。
姫はグッドボタンで私がバッドボタン、そんな世界は知らなくていい。
知らなければ無いことと同じだ。
だからいじめなんて無い。
それに、この問1は現在の話を質問しているのであって、過去のいじめ調査じゃない。
隣からコン!と音がした。
赤星くんがこちらを向いて少し微笑んでいた。
私は首を振った。
あてはまらないに丸を付けて。
問2『私は人を虐めたことがある』
姫が○をつけたら、私は問1を変更しなくちゃいけない。
つけなくていいよ、姫。
姫は匿名の世界の人。
何年何組何番氏名の記入があるこの世界の人ではないでしょう。
前の席の中野さんに用紙を裏返しにして送った。
アイスも餅ちゃんも、「先生に呼び出されるのは絶対だもん。やでしょー?」「あたしもそう思って、とりあえず『いじめられている人を見たことがある』は『ない』にしといたよ」と気を遣ってくれた。
移動教室のときに、私のほうを見て笑っている女子生徒たちとすれ違うときなんかも、二人はよく励ましてくれた。
その輪から『青先輩』『クソ女』というワードが聞えるから、気のせいだと思うことはできなかった。
私の悪口を、まるで好きな音楽がかかって歌い始めたように大合唱しているのだ。
この上滑りな悪口合唱団の中に姫が潜んでいるのかもしれない。
いや、絶対にいる……。
そんな学校だからこそ、アイスと餅ちゃんの存在は大きかった。