青空くんと赤星くん





「はー。くるみちゃんの部屋ってきれいだね」



それは青先輩が来るから、物という物を片っ端から引き出しの中にしまったんだよ。
今クローゼットを開けられたら最後、ビックリ箱のように物が飛び出してきちゃう、そんな状態だった。



キャスター付きの椅子に座ってクルクル回る青先輩は、こう見えて家庭教師をやってくれるそうだ。
テスト期間中は私の家によくやってきて勉強を教えてくれるらしい。
おかげ様で今までで一番良い点数を取れそうな気がしてるんだよね。



「生まれて初めて100点取れる気がしてきました。大きいテストではとれたことなくて」
「俺がとらせてあげようじゃないの。わからないところは全部きいて」
「はい!」
「くれぐれも、隣の席のやつにはきかないように」
「……」



にっこりした顔で「なんてね」と付け足されても、逆に怖い。



「……あのね。実は前に赤星くんが私の家に来たことがあるんです」



あの最悪の日の夜に私の家で一緒にビーフステーキを食べたことと、先週土曜日のデートの後に一緒に帰ったことを話すことに決めた。
付き合っているのに隠し事はしたくなかった。



特に、青先輩は赤星くんの名前を出すとやきもちを焼くから、私と彼は何もないんだよってわかってほしかった。



すると必然的に、姫とそれに群がる不特定多数の人のこと、そしてこの前の嫌なサラリーマンのことも話さなくてはならなかった。



重い話にならないように、けっこう悠長にさらっと話し終えたのに、「姫は俺のせいだ。ごめん」と言われてしまった。
そう思ってほしくないから、今まで黙ってたんだよ。
私は首を大きく振った。



「これからそういう嫌な事があったら、俺にちゃんと言って?くるみちゃんが傷ついた分、俺が愛してるって伝えるから」



あ、あいしてる……?



「愛してるよ」
「……」



『愛してるよ』だなんて、もう言っちゃっていいの?
私もだよって言ったほうがいいのかな?



「いま、くるみちゃんがすごく欲しい」
「っ……」



してみたい、という欲に、唇だけがついていく。
今までで一番優しいキスだった。



その後も、青先輩はラスクを食べる手を止めて、しばらく肩を抱いてくれた。



「むしろ赤星に感謝しなきゃな」
「黙っててごめんなさい」
「くるみちゃんのことは信じてるよ。へんに気でもあったら俺に言わないだろうし。……ただねぇ。赤星がくるみちゃんのことを好きかもしれないね」
「え?いやいや、それはないですよ!」
「わざわざ送るなんて、彼氏がするような真似だよ」



それには、深い事情があるのです。
妹さんが夜道で交通事故に遭ってしまったから、『牛乳がちゃんと家に帰ったってわかるほうが安心するだろ』ってことだったんだよ。
私じゃなくても他の女の子でもそう言うんだよ。



青先輩から信用を勝ち取りたいなら言っちゃうのも手だ。
きっと内緒にしてくれる。
でも、それはできないよ。
妹さんのことは、誰にも話してほしくないだろうから。



秘密を打ち明けられた側に、秘密を言う相手を選ぶ権利はない。
私にあるのはばらさない義務だけで、誰に言うのか選ぶ権利があるのは赤星くんだけだ。



「彼氏がするような真似というか、親みたいですよ。心配性な親」



家まで送るという行為を彼氏の青先輩がしないんだから、彼氏がするような真似は否定されてもいいよね。



「二股はさせないよ」



レロっと入ってきた舌が甘くて美味しい。
メープル味にして正解だった。



「やだな。俺のいないところでくるみちゃんが思い出作るの」
「思い出というか、苦くてしょっぱい経験です」
「赤星といるってところがいやなんだ」



教科書を勉強机に伏せて、ペンを取り上げられた。



「勉強しないと……」
「このパウンドケーキ、クルミも入ってるでしょ?」
「はい」



青先輩が近づいた。



「こっちのくるみも欲しいな」



ラスクのカスを胸元にこぼしながら言った。
……笑っちゃいけないんだもんね、こういうときに。
赤ちゃんの前掛けが必要かもなぁ、なんて言ったら、また狼に変身してしまうもん。




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