青空くんと赤星くん
小テストの最中もSHRのときも授業中も、青空を見上げるような気持ちで天井を見ていた。
上に青空先輩がいると思うと恥ずかしくもあり、楽しくもある。
そんな浮ついた気分でいたら、あっという間に放課後になった。
アイスが別れ際に、「チャンスの神様は前髪しかないって言うっしょ。早く返事しないと、誰かに取られちゃうぞ」と言って、自転車の鍵を人差し指で振り回しながらチャリ通の子たちと帰っていった。
そんなのわかってるよ。
付き合えるときに付き合っとかないとっていうのは、ごもっともなんだな。
ちょうどお互い恋人無しのフリーだし、タイミングはばっちりだ。
ただ、人と付き合うのは初めてだから、ちょっと慎重になってるだけ。
とりあえず、お汁粉を買いに自販機に寄ろう。
返事をするのはその後だ。
昨日よりも気温が5度は下がったせいか外は寒くて、手袋を忘れたことを後悔した。
教室と外の温度差で赤くなった指先には、絶対にあったかいお汁粉の缶が必要だ。
駅から少しだけ離れた場所にある自販機にしかお汁粉はおいてないけど、甘いもののためなら千里の道も近し、なのだ。
お汁粉は売り切れておらず、かじかむ指先で小銭入れに手を突っ込んだ時、中に入れてあったおみくじに目がとまった。
今年のお正月に引いた大吉。
あれからまだ1か月くらいしか経っていないけど、すっかり忘れていた。
嬉しくておみくじ掛けには結ばず、持ち歩いてるんだった。
久しぶりに開いて運勢を読み直してみる。
『運勢 大吉』
何度読んでも気持ちがいい。
『学問 安心して勉学せよ』
2月に学年末考査が控えてるけど、安心してサボれるようだ。
『恋愛 誠意にこたえよ』
これは……、先輩の、誠意に、こたえよ、ってことかな?
『今は待て』でも『急がぬがよい』でもなく、『誠意にこたえよ』と書いてある。
神様が背中を押してくれているのかな。
どうなんでしょうか、神様?
「くるみちゃん!やっぱここだった!」
「わぁ!青空先輩……!」
「当てるよ。お汁粉買いに来たんでしょう?」
「はい!青空先輩もそうですね?」
昨日のお礼に2つ分買おうとしたら、後ろから肩を抱かれて「俺が」と制されてしまった。
「昨日もおごってもらったので、お礼に出させてください」
「お礼ならYESの返事でどうかな?」
チャリン
ピ
ガシャン
NOなら缶を受け取ったりしちゃだめだ……。
チャリン
ピ
ガシャン
私は両手でハートのポーズを作った。
そのハートの中から、青空先輩のポカンとした顔が見える。
「……お汁粉に釣られてみようかな」
「……」
「青空先輩?」
「……」
「あの、……あお、青先輩?」
「驚いてるんだ。ふられるって思ってたから」
「嘘。すごくグイグイきてましたよね?」
「あんなのぜんぜんグイグイじゃないよ」
二人で近くの手すりにもたれかかり、「汁粉で乾杯っ!」「乾杯!」と缶をぶつけあった。
おめでとう私。
初めて彼氏ができたんだよ。
空から割り玉が現れて、クラッカーの爆発音とともに紙吹雪が舞い、垂れ幕には
『祝☆カップル成立おめでとう☆』と書かれている、そんな出し物が欲しい場面だ。
でも、お汁粉をすすればその温かい湯気にまかれて割り玉は消えていった。
「「はぁ……おいしい」」
「昨日もハモったよね?」
「はい」
笑ったら白い吐息が出て、お汁粉の匂いが増した。
飲み終わった缶を捨てて、「昨日も今日もごちそうさまでした!」と言ったら、手持無沙汰になってしまった。
「……今日はもう帰ろうか。夕方から雪降るらしいよ。風邪引くかもしれない」
「……はい」
青先輩の後ろに薄くのびるパズルピースのような形の影を踏みながら、ゆっくりと後ろをついて歩いた。
風邪は大丈夫です、だって大吉だから、という言葉が、歯と歯のあいだにはさまった小豆の皮みたいに取り出せない。
「手」
「て?」
「繋いで帰ろーよ」
青先輩の長い指が私の右手を包んだ。
雲の隙間から差し込む冬の心細い陽射しを浴びながら、暖かいセーターにくるまれたような気持ちになった。
こうして私は、学校一のイケメンで、この学校のインフルエンサーと言ってもいいほどの青空優翔こと甘党王子様、じゃない、青先輩と付き合うことになりました。