青空くんと赤星くん
バレンタイン前日の学校は、女子の興奮と男子の期待がミックスされて、浮足立って教室に入ってくる子が多かった。
明日が土曜日だから、前日に渡しておきたい子が多いのかもね。
3組で一番騒がしい平山くんもその一人だった。
いつもなら、「っはよー!」と大声で教室に入ってくる平山くんに、アイスが「デカい」と返す挨拶が日課なのに、今日は「はよー」とおすまし顔でやってきた。
「平山おはよ。今日は元気ないじゃん」
「別に」
「どうしたの?きょどっちゃって」
「は?きょどってねーし」
「まさか、靴箱にチョコでも入ってた?」
「入ってねーよ!」
「あたしが恵んであげようか?ゼロだと悲しいでしょ?」
「ゼロでもねぇし」
「お母さんからのは数に入れないもんだよ」
「入れてねぇよ!……放課後までに10個はもらってやるからな!見てろ!」
アイスが「ムリムリ」と高笑いすると、平山くんは教室を出ていってしまった。
校則では、学校にお菓子を持ってくるのは禁止されているけど、そんなのはお構いなしだ。
購買のお菓子はOKなのにそれ以外はいけませんなんて同じお菓子なのに変、というわけで、誰も先生に告げ口をする子はいない。
もちろん先生はお菓子が持ち込みされていることに気づいているけど、難色を示すだけで持ち物検査は行わなかった。
学級委員の中野さんは、「お菓子で学校の風紀が乱れたりポイ捨てが増えると思っているのなら、ずいぶんと生徒たちを過小評価している」とふくれて、教室で堂々と中野君くんに渡した。
手作りのお菓子を菓子箱に入れてしょっちゅう学校に持ち込んでいる私も、この日ばかりは校則違反の罪悪感から解放された。
ちょこちょこタイムをこっそり食べなくていいのだ。
机に出してミルク味にしようかビター味にしようか迷っていると、チャイムが鳴った。
赤星くんはまだ来ていない。
いつもギリギリで来るけど、遅刻はしないのに。
もしかして欠席かな?
SHRが始まって、浜崎先生が出欠をとった。
出席番号1番の赤星くんを飛ばして岩井さんの名前を呼んでいき、最後に「赤星はお家の用事で午後から来ます」と付け足した。
……もしや!
昨日のビラ配りの効果がさっそくあったのかもしれない。
目撃者からの連絡でありますように!
早く午後にならないかなって思うほど、授業はゆっくりと進むようだ。
やっと4限目になり、英語のテストが返却された。
アイスがこちらを向いて、口パクで「何点だった?」ときいて、両手で8と5を作った。
そういえば、昨夜の電話でそんなこと言ってたな。
「わ、おんなじ!」と小声でささやき、人差し指で空中に8と5をかいた。
アイスは「負けた!」と静かに叫んだ。
アイスは視力が悪いからうまく伝達できなかったようだ。
授業が終わったあと、私はテストを見せに行った。
「負けてない、同点だよ」
でもアイスは悔しそうに舌を出してアッカンベーをした。
「ベーっだ!あたしにとっては同点も負けだもん」
「どうして?」
「だってさ、学校に通ってたらみんなが使える時間なんてほぼ限られた時間しかないじゃん。それをデートで消費してる間、こっちは勉強に努めるわけだから、相対的に得をするはずでしょ。だから同点も負け!」
「そうかなぁ」
「ようし。クルミと餅に総合得点で負けたら切腹してやる!」
「どうしてこんなにも面白くてかわいい子に彼氏ができないのかな?」
「嫌味?」
「え?ぜんぜん!」
「おーい、アイスー。クルミー。行くよー」
餅ちゃんが桃色の袋を持って手招きしている。
「どこに?」
「渡辺くんにチョコ渡しに行くんだよー。上手くいくか見たいでしょう?」
「あのおっぱいチョコ渡すの?」
「うん。楽しみー」
愉快そうに巾着袋に頬をすり寄せた餅ちゃん。
そのレース素材でできたピンク色の巾着袋には、清楚な外装を思いっきり裏切るように、やらしい物が入っている。
「……友達だから止めるべきだと思う。あのね、悪く思わないでほしいんだけど、それは渡辺くんに逆効果だと思うな。男女逆転したら、つまり餅ちゃんがホワイトデーに男性器のチョコをもらったら、セクハラ!ってならない?」
「なんなーい」
「そんなぁ」
意気揚々と教室を出ていく餅ちゃんに、私はもう「がんばってね……」と言うことしかできなかった。
溶かしてハート型に流し込んだ方が効果あると思うけど、もう遅い。