青空くんと赤星くん
待ち合わせの別棟は冷えきっていた。
ちょうど柔道部の人たちが雨の日に食べていた場所だ。
私とアイスは餅ちゃんから数十メートル離れた先の女子トイレに身をひそめた。
「声聞こえるー?」
「ばっちりー。告んの?」
アイスがきいた。
「まさか~。餅は自分からは告りたくないの。バレンタインデーは特に」
「なんで?バレンタインデーこそ告んのに絶好の機会じゃん。チョコをあげれば彼氏ができる日っていうか、成功確率は上がりそうじゃん」
私もそう思った。
片思い中にバレンタインがやってきたら、サビに入った恋愛ソングばりに乙女心が刺激されて俄然やる気がわく。
お祭り感がするから、ふられたとしてもあとの祭りってな感じで。
「誤算だよ。渡辺くんのようなイケメンに限ってはバレンタインデーは競争率が高いのー。……もう来るかも。お静かにね」
アイスが私に向かって、「あたしはこの告白、逆効果ってよりギャグで終わると思うね」とこっそり言うと、餅ちゃんが「うるさーい」と注意した。
誰もいない校舎は音のとおりがいい。
数分後に、ペタンペタンと廊下を歩く音が聞こえてきた。
「渡辺くーん!こっちだよー」
「待たせてごめん」
「待ってたよーう。これどうぞー」
「あー、ありがと。どうも」
「食べてる姿見たいなっ」
「わ、わかった。じゃ、ここで開けさせてもらうね」
「うんうん」
「………………」
「ホワイトミルクと、先っちょのピンクがストロベリーだよ」
「あー、そーなんだ」
「食べてくれないの?」
「あ、う、うん……。食べまーす……。ううっうまい」
「えー?これがおいしいの?」
「えっ?いや、うまいっていうか……」
「っていうか?」
「…………」
「きゃあ!……渡辺くん、鼻血でてるよ!」
「え?あっ……まじか……」
「やらしー」
「いや!そんなんじゃない!いや……、チョコを食べたせいだって……」
「一口だけで~?興奮しちゃったんでしょ~?」
「いっいや、おれ……」
「冗談だよー。ほら、ハンカチ。拭いてあげる」
「ごごごめん。おれ……」
「いーよ。鼻ギュって摘まむよ?」
「じっ、自分で、やります……」
「やってあげるよー。……これさー、見つけたときすごく面白いなーって思って。渡辺くんに渡そうかすっごく悩んだんだけどー。渡辺くんとは仲良しだしー、おふざけだってわかってくれるかなーって。他の男子だと、ちょっとひかれたりするかなぁって」
「他の男子に渡したの?」
「ふつーの義理チョコをね。そっちのがよかった?」
「……いや」
「よかったー。渡辺くんだけは他の男子と区別したかったんだー」
「……な、なんで?」
「……」
「……」
「なんでって、そんなの……」
「……」
「……」
「……あー、これって、その、……本命?」
「それは渡辺くんが決めてよー。好きな方選んで?」
「え~……っと……」
「鼻血止まらないね。保健室行ってきなよ」
「あ、はい」
廊下を走っていく足音が聞こえなくなるまで、私とアイスは必死で息を殺した。
餅ちゃんが「もう出てきていーよ」と言って、ようやく笑い転げながらトイレから出た。
「餅さいこー!おっぱい渡してあなたのことが好きです、鼻血出して俺もです、はねーよ!」
「いえ~い。告白まで何日かかるかな~?」
「最初からこの作戦だったわけ?」
「もち~。渡辺くんって真面目でムッツリなタイプだもん。ウケ狙いじゃなくて、告白狙いだよーん」
「小悪魔の技が光ってた。おみそれしました!」
私は餅ちゃんと手を繋いでクルクル回った。
今、渡辺くんが保健室に走りながら顔を真っ赤にして悶々としているのがわかる。