青空くんと赤星くん
私たちは教室に帰ってお弁当箱を広げた。
そこでもまだ話題は渡辺くんが独占している。
「本当に鼻血出すバカがいるとはなー」
「あれは餅も驚いたー。あ、ハンカチはホワイトデーに返してもらおー」
「チョコ食べて余計に興奮しちゃったんだよ。カフェインが少し入ってるから」
「カフェインってコーヒーに入ってるやつでしょ?チョコにも入ってるんだー」
「うん。でも、コーヒーを飲み過ぎると鼻血が出る、とは聞かないよね?」
「餅に興奮したんだってばー」
「いんや、おっぱいの方」
寝る前にコーヒーを飲むと眠れないとか、眠気覚ましにコーヒーを飲む、とよくいうのは、コーヒーに含まれているカフェインが神経を興奮させる働きをもっているせいだ。
カフェインを含む食べ物をたくさん摂ると興奮してしまい、すると血のめぐりがよくなって鼻の毛細血管が破れ鼻血が出てしまうのだ。
ちなみに、チョコレートやコーヒーに限らず、クルミやピーナッツにもカフェインは含まれている。
授業をサボりたかったら、ピーナッツチョコレートを大食いしてコーヒーをがぶ飲みするのがお勧めだ。
ただし、成功率は低いから私ならやらないよ。
だって、本当にチョコレートで鼻血ブーできるなら、バレンタインデーは血祭りになってしまうよね。
「キャー!ヤバい!フォトブック見て!」
突然、琴乃さん率いる何人かの女子が声を上げた。
おそろいの黄色い人形をスマホにつけている6人グループだ。
その人形とそっくりな大口を開けている。
昼休みの時間になると、たいていお昼ご飯を食べ終えた人からPHOTO BOOKを開いていく。
見ているのは芸能人だったり、インフルエンサーだったり、気になるあの人の投稿チェックだったり様々だ。
いわゆる推し活の時間。
私のアカウントはずっと放置したままで、PHOTO BOOKも滅多に開かなくなっていた。
「青先輩が出てるよ!」
琴乃さんが私を見て言った。
青先輩が彼氏になってからというもの、『青先輩』というワードにハッシュタグがついていて、誰かが口に出すと頭の中でピコン!と音が鳴るようになっていた。
「あお、青先輩がどうしたの……?」
「これはどういうこと?」
スマホを私の机に置いて琴乃さんが尋ねた。
三人首のようにアイスと餅ちゃんと顔を近づけてそのスマホを見る。
【ストリートピアノ】駅で「heartbreak」を弾いてみたら感動の嵐!!
「この動画について、姫が『別れた可能性あり』って書いてるけど」
……ひめ?
アカウントを見ると姫のだった。
この動画をアップした張本人ではなく転載だけど、私は一気に青ざめた。
琴乃さんが再生ボタンをタップする。
そこには、昨夜のストリートピアノの観客の一人として私と青先輩が映り込んでいた。
曲が始まって、次第に彼が焦ったように周りを見渡し始める。
お互いの小指が離れて、私が駅に隠れるように逃げたときだ。
彼は片手で額を押さえて肩を震わせた。
曲が終わって拍手喝采の中、ひとりでうつむいている。
最後にカメラが観客をパノラマ写真のようにくるーと撮って、ピアノマンにインタビューして動画は終わった。
回して撮ったとき、ブレながらも青先輩の涙で濡れた顔がはっきりと見えた……。
コメント欄には、『アレンジが抜群にいい!』『令和の名曲!』『これぞ魂の演奏。最高のパフォーマーだ』と、曲やピアノマンの演奏を絶賛する人が多かったが、『後ろのイケメンと演奏と、二回見た』『綺麗な演奏に綺麗な男性が泣いてるやん……思わずもらい泣きした』という青先輩についてのコメントも溢れていた。
超絶イケメンを泣かせた伝説の動画となって、視聴回数はもうすぐ20万再生を超えそうだ。
そして、青先輩が昨日の深夜に投稿した『学校帰りに二人で見た夜景を抱き枕にして眠り見る夢』という内容も相まって、姫率いる青先輩ファンたちがリツイートしていた。
『やっぱり青先輩に何かあったんだよ』という感じで、スピードよく拡散されたんだろうな。
お弁当を空にできない日は初めてだ。
胃は満たされていないけど、食欲が失せてしまった。
でも、おかずを残すのは作ってくれたお母さんに悪くてできない。
「誰かミートボール食べない?」
「あたし食べたる」
「餅もー」
空っぽになったお弁当箱を折りたたみ傘みたいに畳んでペシャンコにして、ランチバッグにしまう。
その間、クラスのみんなはずっと私を見ていた。
普段だったら、お弁当の次はお菓子を出して至福のひとときを味わうデザートタイム、なんだけどな……。
なにも食べたくないし、なにも言いたくなかった。