青空くんと赤星くん
ずばり、作るのは『生チョコのアソート 7種』。
7つの味が楽しめる生チョコ。
甘いの苦いのなんでもござれ、だ。
はじめに、基本の生チョコレートを2種類作る。
生チョコはチョコレートに生クリームなどを加えて滑らかにしたもので、ガナッシュとも呼ばれている。
クーベルチュールを使ったビターチョコレートと、ホワイトチョコレートの2種類の生チョコをベースに、他の食材と相性の良い方へ混ぜる。
それぞれがチョコレートの濃厚な味に埋もれないようにね。
生チョコは簡単に作れそうなイメージがある。
バレンタインで最もよく見かける王道のチョコ菓子だけど、私は高校1年生の頃に失敗しちゃった。
SNSで見つけた『時短!超簡単!生チョコのレシピ』をスクショして、それをもとに作ったときだ。
レシピにはこう書いてあった。
1 チョコレートを割って小さくし、レンジで約1分加熱して溶かす
2 生クリームをレンジで約20秒加熱して温める
3 1と2を混ぜ合わせる
これを読んで、1と2を最初から一緒にして温めてしまえばいいじゃん、と考えたのが運の尽き。
板チョコをパキパキと割って耐熱容器の中に入れ、その上に生クリームをかけてレンチンした。
すると、チョコレートが耐熱容器の底にこびりついていた。
加熱しすぎて焦げてしまったのだ。
焦げていない部分と生クリームを別皿に移して何十回も混ぜたけど、チョコレートと生クリームが溶け合うことはなかった……。
でも、この失敗体験から学んだからこそ、今回は成功するはずだ。
まず、クーベルチュールとホワイトチョコレートを細かく刻んで、分けてボールに入れる。
時短レシピの『チョコレートを割って小さく』というのがどの程度なのかわからなくて、大雑把に割ってしまったのはよくなかった。
これは、本当は包丁で刻まないといけないところを手で割って時短する、ということだから、爪サイズくらいには小さくする必要があったんだ。
小さくすることで、溶けやすくなる。
すると、見た目も食感も滑らかになる。
刻んだチョコレートをボールに入れて、少し熱めのお湯が入った小鍋にボールの底をつけて溶かす。
チョコレートを溶かすときは、こうやって間接的に熱を通すと失敗しないのだ。
レンチンの場合は、レシピと自分の電子レンジのワット数が同じかどうか確認することが大事で、鍋にチョコレートを入れて直火にかけるのは焦がす可能性大だ。
チョコレートは高温になると油脂分が分離して風味や食感が悪くなってしまう熱に弱い食材だからね。
他にも気をつけなきゃいけないのは、沸騰したお湯だとチョコレートを溶かす温度には高すぎるから、100度から50度くらいになるように調整する必要があるってとこだ。
はっ!
調理室と違ってうちには温度計がないんだった!
……しばらくキッチンマットの上で立ち尽くしてしまう。
どうしような。
沸騰した量と同じ量の水を入れれば温度も半分になるかな。
そんなわけないな。
水道水が何度かわからない。
仕方がないから、お湯の中に少しずつ水を加えて、湯船の温度が42度くらいだから、それを目安に調整していこう。
少し熱い程度まで下がったら、その小鍋の上にチョコレートの入ったボールをのせて溶かす。
少しもったり溶けてきたところで、そこに沸騰する手前まで温めた生クリームを入れ、30秒以上はそのまま触らないで置く。
生クリームの温かさにチョコレートがとろろ~んと溶けだしてきたら、やっとゴムヘラでゆっくりゆっくり混ぜて溶かす。
急いで回すと油分と水分が分離して混ざらないからだ。
(ここで、もしうまく混ざらなくても慌てちゃだめだ。ボールをお湯につけて、また温めてあげよう。)
ほ~ら。
滑らかに溶けているチョコレートと生クリームがちゃんと混ざった。
これは、チョコレートの油分と生クリームの水分が混ざり合った状態、つまり乳化が成功したんだ。
室温に戻しておいたバターも入れて、なじませるように混ぜる。
うん、溶け残りはなし!
本格的にチョコレートを扱いたいなら、温度調整をするために調理用の温度計が必要だ。
滑らかに溶けだしたり、型から上手に外すためには、この温度調整つまりテンパリングが肝要だったりするから、レンチンでチョコレートを溶かすのは危険だったりする。
テンパリングはチョコレートの種類によって違っていて、ビター、スイート、ミルク、ホワイトにはそれぞれに適した温度があるらしい。
どの種類でも、だいたい最初に45度前後で溶かし、27度ほどで冷やして、30度まで上げる、という3ステップをふんであげると、チョコレートは更に美味しく扱いやすくなる。
こんな手間をかけたふやかし方をしてやっとお利口さんになるなんて、チョコレートというのはなんと高貴なお方なんだろうね。
細かい温度調整は温度計がないと不可能だから、このクーベルチュールを上手に活かしてあげられないのが残念だな。
学校の家庭科室には温度計があるから、今度テンパリングの実習を提案してみよう。
温度管理が数度違うだけで本当に柔らかさが変わるのかどうか、自分の目で確かめてみたい。
少々高値だったクーベルチュールはホワイトチョコレートよりも力を発揮してくれた。
ゴムヘラを上げると、そこから滑らかにしたたり落ちた。
良い香りがするチョコの湖。
ホワイトよりもサラサラしていてるのは、カカオバターが多く含まれているせいだ。
ティースプーンで少しすくって味見してみる。
ハイカカオ80%のビターは濃厚でキレの良い苦み、ホワイトはふんわりした優しい甘さがする。
少し舐めただけでも幸せな食べ心地だ。
冬だからチョコレートが固まってしまうかもしれない。
ボールはぬるま湯にかけたままにしておこう。
次にバットの上に型を並べた。
花型とアニマル型の中に、煮出したアールグレイの茶葉、ラム酒、小さくカットしたマシュマロとくるみ、しょうがのしぼり汁、ドライフルーツをそれぞれ入れる。
その上にスプーンでチョコレートをかけて、つまようじでクルクルとよく混ぜる。
『しょうが汁を入れても美味しいらしいね。本当かは知らないけど、くるみちゃんはやったことある?』
……前に青先輩がそんなことを言っていたから、しょうがもメニューの中に入れてみた。
本当に合うのかな?
吉と出るか凶と出るか、はたして。
『酒入ってんな。うめぇ』
……ラムボールをあげたときの笑顔が可愛かったな。
不良の赤星くんだけはラム酒味に酔いしれること間違いなしだ。
余ったチョコレートは他の型に流し入れて、全てラップをかけて冷蔵庫にしまった。
固まるのを待つのも、とても有意義な時間だ。
お祭りの前夜祭のようにワクワクしながら後片付けをした。
生チョコのアソートはオーブンで加熱するお菓子じゃないから、食中毒菌を死滅させることはできない。
バレンタインの王道メニューである生チョコだけど、加熱処理がされてないぶん安全性は高くないんだよ。
だから、使い捨て手袋はどんどん変えた。
とってもクリーンだし、それに食材が手についてもいちいち水で洗う必要がない。
手袋ごと捨ててしまえるから楽だ。
「風邪ひかないでね!おやすみなさい!」