青空くんと赤星くん
「素敵ね~」
お母さんがキッチンのカウンター席に腰かけて片手を差し出した。
ビター味を1個あげると、パっと表情が明るくなった。
「口どけがいいわね!すっと溶けたわ!」
クーベルチュールだもんね。
光沢もいいし、高かったけどその価値は風味・食感ともに十分にあるようだ。
マスク越しでもよく香ってくるほどに。
「ホワイトもどうぞ。クーベルチュールじゃないけど」
「どれどれ……。美味しいじゃないの。少しもっちりした食感だけど、味は軽いわね。くどくなくていいわ」
「しょうが味もあるよ」
「けっこういけるわね。愛のスパイスって感じ?」
「愛のスパイス……。はぁ~、人にあげるのって少し緊張するな」
「大丈夫よ。愛がこめてあるからどれも美味しいわよ」
「愛……」
「青先輩にあげるんでしょう?」
「……愛をこめようとこめなかろうと味には影響しないよ。愛の有無で味が変わるわけないもん」
「悲しいこと言わないでちょうだい。お母さんは毎日愛情こめてご飯を作ってますよ」
「でもさ、料理部でみんなと同じものを一緒に作ってると思うんだけど、同じ環境で、同じ食材を使用して、同じレシピをその通りに再現して作ったら同じ味になるよね?そこに作る人の感情がそのまま味に出ることってなくて。怒って作ったから辛くなるわけじゃないし、好きな人に作ったから甘くなるわけじゃないし。カレーの辛口甘口も辛み成分の配合量の違いだよ」
「そりゃそうでしょうよ。お母さんが言いたいのは、愛のスパイスっていうのは手間のことよ」
「手間?」
「食品会社の機械に手間暇かけろって言ってもできないでしょう?できるのは人の手だけ。手間をかけるのが愛情なのよ。愛情は時間や行動にでるの」
そう言ってお母さんは人差し指で生チョコを指した。
「ここにね、『青先輩へ』ってわざわざ書くのよ。きっともっと喜んでくれるわよ。自分の名前が書いてある手作りって愛を感じない?」
「……書くスペースがもうないよ」
「メッセージカードに書けばいいわ。手作りの最大のメリットって、特別感があることじゃないかしら?市販品のように大量生産された匿名ものじゃない。あなただけの一点ものだもの」
「……実は、これからお別れを言いに行くの」
「なんですって!?どういうことなの?」
「か、価値観の違い、かな」
「あら、そう。それは仕方ないわね。でも、それなのに渡すの?まぁ、くるみのお菓子作りは日常茶飯事だけど」
バレンタインデーに恋人をふるのはかわいそう、というのは餅ちゃんも言っていた。
それは本当にその通りだと思うけど、嘘の本チョコをあげてバレンタインデーが過ぎてからすぐにふる、なんてことはしたくない。
愛の日だからこそ正直になりたくなっちゃうのだ。
今日が普通の日であれば、ここまでひるまないのに。
「何も渡さないで別の日にふる、がいいかな?」
「もう約束しちゃったんでしょう?」
「うん。義理チョコとして渡すの」
「義理なら手作りじゃなくて市販品が適切だったわね」
「その選択肢は思いつかなかった!」
「年がら年中作ってばかりいるせいね。まぁ、手作りだろうと市販品だろうと、お母さんのお手製だろうとレトルトだろうと、食べる人には案外わからないものかもね」
「お母さんの味ってちゃんとわかるよ。おふくろの味っていうのかな?……お母さんのお赤飯は元気出るからわかる。パックのお赤飯じゃないってわかる」
「それが愛よ!」
マシュマロとクルミ味のをもう一個あげた。
手間という愛情のスパイス。
それは食べた人の甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の味覚を凌駕する力があるんだ。
今までありがとう、が伝わりますように。
書くならこのメッセージに尽きるかな。
ペンを持ってきて、ラッピングに使うリボンの端にしたためた。
長方形の箱の中に黄緑色の小さなグラシンカップを7つ入れて、そこに生チョコをひとつずつ入れていった。
花の生チョコは包装紙にくるまれたブーケのように華やかになった。
動物の方は、愉快で楽しい動物園の雰囲気になった。
どっちも多彩な味が楽しめるはず。
美味しいって言ってもらえるといいな……!
青先輩は青がつくから青いリボンで結ぼう。
キュっと結べば、お別れの決意が固まった。
赤星くんには赤がつくから赤いリボンにしよう。
箱を閉じて赤いリボンを十字に結んだとき、なぜか今日は必ず会える気がした。
急いでリボンの切れ端やらを片づける。
こんな大事な日に遅刻は厳禁。
艶やかに固まっているし、ここまでだ。
一つの小さな世界を創り上げたぞ。
「完成っ!」