青空くんと赤星くん
青い糸
昨日も目にした『Happy Valentine‘s Day』の吊り広告に「I am unhappy」とつぶやいて電車を降りた。
学校と家の2点を往復するだけの毎日でも、2月に入ればいたるところにバレンタイン一色に染まっているエリアが必ずあった。
テスト勉強に追われながらもこの日を楽しみにしてたんだけどな……。
このおめでたい雰囲気も明日になれば日常に戻る。
私の1か月ちょい続いた恋のイベントもそうだ。
青先輩がいなかった日常に戻るだけ。
安藤市立病院前駅の改札を出ると、青先輩が壁にもたれて待っていた。
ああ、かっこいい。
面食いってわけじゃないからこれで決心が鈍ることはないけど、やっぱりちょっともったいないのかも、なんて思ってしまった。
ウィンドブレーカーのチャックを襟首の一番上まで上げて口を隠し、手もポケットに入れている。
寒そうに見えるけど、身構えているようにも見えた。
「こんにちは。どうしてジャージなんですか?」
「さっきまでサッカー部のOB会があったんだ」
ポケットから手を出して、「会いたかった」と言いながらさらっと手を握られてしまった。
それが手袋をはめたようになじんでしまう。
離すきっかけもないままに、喧嘩している間に言えなかったことを話した。
ビラ配りの効果が不発だったこと、学年末考査の結果が良かったこと、昨日食べたショコラ様が今までで一番美味しかったことを、マンションに着くまでだらだらと話した。
「親は出かけてるけど、途中で帰ってくるかもしれないから、俺の部屋にどうぞ」
「お、お邪魔します」
「先に入ってて。左手前の部屋ね。りんごジュースでいい?」
「は、はい。ありがとうございます」
そんなに長居はしないからおかまいなく……。
駅からマンションまであっという間だった。
本題から遠のくには短い距離だったけど、かといってあれ以上長くても勇気を出せない気がする。
青先輩が部屋にきたら、必ず言うんだ。
言うんだ。
言うんだ。
ドアを開けると、スッキリ片付いているリビングとは真逆に、青先輩の部屋は散らかっていた。
中途半端な位置で止めてあるロールカーテン。
ひとつのハンガーに4着も服がかかっているハンガーラックの上に、さらにコートやパーカーが被せてある。
ドアの横には、ビニール紐で束ねた教科書や参考書が絶妙なバランスをとって積まれていた。
床には空の段ボール箱が口を開けて、そこから唾液のようにガムテープがのびている。
でも、勉強机にはスノーボールと雑誌と卓上カレンダーくらいしかなくて、床に比べれば綺麗だ。
雑誌をひっくり返すと、水着姿のアイドルが表紙を飾っていた。
「……」
青年誌は元の位置に伏せておこう。
男子の部屋なんてこんなものかもしれない。
とりあえず、ヒーターの裏側から遠いところに保冷バッグを置き、自分はヒーターの前に座った。
「おまたせ。缶ジュースでごめんね」
お菓子袋も3つ持った青先輩が入ってきた。