青空くんと赤星くん





病院から出ると、雨はあがっていた。
さっき助けてもらった横断歩道を渡りながら、私は思いついてきいてみた。



「ねぇねぇ。どうして私がピンチのときにいつもいるの?」
「は?」
「不思議だなぁ」
「手紙がくんだよ。子供相談所から。牛鬼が緊急事態ですって」
「なにそれ。おかしいの」



大好評だった手作りバレンタインチョコに気をよくしている私とは違い、赤星くんは真面目な顔をしていた。



「今の冗談でしょう?」
「ったりめーだろ」
「真面目な顔してるのはどうしてなの?」
「……『気をつけて帰ってね』つっても意味ねぇよなって。それができたら、怪我する奴なんていねぇし。無駄な言葉だ」
「むだ?」
「事故って誰にでも起こりうるだろ。自分だけはそんな目には遭わねぇって思うもんだけど、それは統計的にありえないわけ」
「気をつけることはできるよ」
「なら、さっき牛鬼がこの横断歩道でひかれそうになったとき、どう気をつけてたら俺がいなくても対処できたんだよ?」
「う~ん」



あの時は赤い縄を探していた、なんてこと恥ずかしくて言えない。
見えるものを見ずに、見えないものを見ようとして事故りかけた、だなんて。



自分の立っている場所が横断歩道だったのを忘れたのは、その時ちょうど赤星くんの甘いもの苦手情報を餅ちゃんから聞いたせいだ。
だから、歩きながら考えたり電話したりしなきゃよかった?
でも、歩くことだけに集中していたとしても、運転手が集中してなかったら?
もらい事故に遭うかもしれない。



「危険からやってこられると、無理かな。いくら自分に落ち度がなかったとしても」
「そーだろ。気をつけたところで明日は我が身ってことだ。誰も身代わりにはなれねぇ。また夏がひかれることも充分ある」
「怖いこと言わないでよ」
「被害者はどうして自分がこんなつらい目に遭うんだって思うけど、別に理由はねぇんだ。そうとしかならないというか、そういうもんなんだ。でも夏は、どうして自分がこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないんだって思ってやがる。クラスの子はみんな元気なのに、ってな」
「それはそうだよ。まだ小学生だもん」



自分だってそう感じるかもしれない。
交通事故率がどのくらいなのかわからないけど、それに当たってしまった偶然の理由、自分である必然性を見つけないと憤ってしまいそうだ。



さっき病棟という大勢の人が入院生活をしている場に入ったとき、危ない危ない毎日を自分が運よく避けて生き延びているように感じた。
実際は事故に遭わずに普通に生活している人の方がずっと多いから、幸運というほどでもない。
色んな所に運不運が溢れていて、今に限っては不運を拾わなかった、それだけ。
将来的にはわからない。



「『気をつけてね』より、『保険に入ってね』の方が効果的だな」
「えー?『いってきます』『保険に入ってからいってらっしゃい』って?」
「笑うけどよ、保険加入はマストだって。ひき逃げされたら自分で払うしかねーぞ」



保険か。
私は自転車通学じゃないし、お休みの日に乗ることもない。
でも、学資保険に加入したときに医療保険もセットのものにした、とお父さんから聞いたことがあるような。
帰ったらきいてみよう。



「きっと、『気をつけて帰ってね』の大意は、『にぃにに怪我はしてほしくないよ』だよ。意訳すると『にぃに大好き』かも。そういえば、赤星くんはにぃにって呼ばれてるんだね」



お兄ちゃんでも兄ちゃんでもなく、にぃに。
かわいい。



「夏から牛鬼呼ばわりされてたやつに言われたくねーな」
「そうでした」



赤星くんはアウターから赤いリボンを出した。



「持ってきたのっ?」
「俺にくれるはずだったんだろ?」



私の顔の真ん前で『赤星くんへ』と書かれたリボンが揺れている。
証拠を押さえられては否定できない。



「うん……」
「つーか、俺が通らなかったらどうしてたんだよ。連絡先教えろ」



なんでも命令形で言うんだから、とは思いながらも、スマホを出して連絡先を交換した。
アイコンがラーメンだ。
お菓子以外の料理にも精を出す良い機会かも。




「甘いの苦手って餅ちゃんが、持田さんのことね。餅ちゃんが渡辺くんから聞いて、さっき私に教えてくれたの」

「苦手だけど食えるぞ」

「ラム酒みたいなお酒の風味が感じられるもの限定でしょ?」

「飲んでるわけじゃねーぞ。仮に飲んでも未成年だから罰則ねぇけどな」

「そうなの!?」

「そ。だから安心して大量に入れてくれ」

「非行少年だなぁ。……ねね、本当は飲んでるんでしょう?」

「飲んでーよ。……ノンアルしか」

「やっぱりね!お酒って若者が飲むと海馬がやられるって聞いたことないかな?記憶力低下するらしいよ」

「学年末考査は上々の出来だったけど。つかそれ、生物の授業で先生が言ってたことだろ」

「そうだっけ?」

「飲まないやつが忘れてどーすんだよ。とにかく、俺は持病もねーし親も上戸だからな。遺伝的に飲んでいいくちだ」

「赤星くんの好みはよくわかりましたぁ。ラム酒とかブランデーを入れたら、隠し味程度にね。また食べてくれる?」

「食う」

「不良好みの、本当に作ってきちゃうからね!」




水たまりの上をジャンプしながら、チョコレート以外でラム酒に合うお菓子は何があるのかお母さんにきいてみよう、と思った。



そのとき、突然肩を押されて、後ろの駐車場のフェンスにカシャン!とぶつかった。
赤星くんは指を網目にひっかけて私をフェンスに挟んだ。
そして、お互いの匂いが味に変わりそうなほど近づいてきた。



「もうフリーだからな。遠慮しない」
「……遠慮しないって、それはどういうこと?」
「わかんだろ」
「……」
「牛尾田のことが好きだってこと」
「……」
「抱きしめるぞ?……つーか、する」



赤星くんの腕の力を感じたとき、全身が敏感になってフェンスをつたってへにゃんと地面に座り込んでしまった。




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