まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「ん」
「……なんですか?」
「何があるかわからないから、掴んどけ」
「…………」
俯く私の目の前に出された先輩の手を握った。
「いってらっしゃーい」
受付の人に見送られ、先輩に手を引かれるまま、暖簾の奥に入った。
「すごっ………」
目の前に広がるのは、夜の森。
虫が鳴き、鳥が羽ばたく。
張り付くような森の香り。
室内とは思えないほどやけにリアルだ。
左右は生い茂った草。
私達は月光に照らされた土の道をそのまま辿る。
青白い火の玉が時々浮かぶ。
「なんか、ぞくぞくする………」
「幻術だな。それもこんな広範囲。かなりの術師だ」
人気が出るのも頷ける。
こんなの、一般の学校じゃ作れない。
森を抜けると、寺があった。
だが、様子がおかしい。
怒号と悲鳴、金属のぶつかる音。
討ち入りだ。
血まみれの人影が数人、寺を出て暗い森へ消える。
やがて寺は火に包まれた。
「行こう、次の場面だ」
目を離せないでいると、先輩に手を引かれた。
青い火の玉の先導で着いたのは、お札のたくさん貼られた座敷牢。
囚われているのは、闇に映える白銀の、狐耳と尻尾の生えた綺麗な女性だった。
男に罵声を浴びせられ、鞭で打たれ。
気を失っても、水をかけられ、また鞭で打たれる。
それでも彼女は声を上げない。
私はただ、彼女の男を睨む眼に惹きつけられた。
捕らえられ、抵抗を封じられても屈していない。
その眼が気に食わない男に、より強く顔面を叩かれようと、決してやめない。
手を繋ぐ先輩の力が強くなる。
「………なんか、ヨモギを痛めつけられてるようで、ムカついてきた」
「………同感」
幻術とはわかっていても、この男をぶん殴りたい。
「次に行こう、胸糞悪い」
「うん………」
後ろ髪をひかれながら出た大きな屋敷の表札には『神水流』とあった。
森を抜けて、建物の中に入る。
幻術の効果範囲から抜けた感覚がした。
ここからは、学生らしい手作り感がでてくる。
古びた井戸から髪の長い女が這い出てきたり、雪女の吹雪を受けたりと、お化け屋敷らしい事が続く。
出だしほどのリアリティもなくなり、担当が変わったのかなとぼんやり思った。
文化祭だもの。
当番もあるだろうし、お化け屋敷全てを常時囲めるほどの幻術使いはいないのだろう。
建物を抜けると、また雰囲気が変わる。
死霊の気配が強まった。
月は雲に隠れ、人魂だけが光源のここは。
「墓地…………」
死霊術師の領域に相応しいではないか。
私は先輩に気持ち身を寄せ、警戒しながら進んでいく。
「はっ、怖いのかよ」
「うるさい。もとよりホラー系苦手なんですよ……」
隣でくつくつ笑われる。
腹立って、足を踏んでやろうとしたが、華麗なステップで躱された。
それでも諦めずに踏もうとし続けていたら、急に視界が明るくなった。
「おつかれさまでしたー」
校舎に出て係の生徒に言われ、お化け屋敷が終わった事を知る。
最後、怖がる余地もなかった。
適当に廊下を歩いていると、先輩がつぶやく。
「襲って来なかったな」
「そうですね」
「お前、何もやってないよな?」
「向こうが勝手に怯えてただけだよぉ」
ツクヨミノミコトが答えた。
ありがとう、お陰で悲鳴をあげて笑われずに済みました。
「俺では反撃できなかったから、助かったよ」
「先輩、規則を破って消し飛ばしちまいそうですもんねぇ」
私達はすっきりしない気持ちを抱えて、校内を歩いた。