まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
その時が来たら負かしてやるよ
ひぐらしが鳴いている。
体は動かない。
大の字で寝転んだまま、稽古場の天井の木目を目で追う。
そんな私を覗き込む人影。
「おーい、平気か?」
まるで他人事のような言い分に殴りたくなったが、体は動かない。
「平気なわけ、ないですよ」
かわりに睨むも、彼は気にした風もない。
今日も私は、学校一のイケメンと言われている火宮桜陰先輩にボコボコにされていた。
全身アザまみれになるほどに、そりゃもう、ボコボコに。
彼を庇うわけではないが、一応言っておく。
これは、私が頼んで稽古をつけてもらっているのだと。
決して彼に、加虐趣味が、あるかもしれなくもなくもなくなくなく………。
決して、私と彼との需要と供給の一致などではない。
私に被虐趣味などないからだ。
近い将来、立場が逆転するんだから。
ボコボコにした先輩を見下ろして、笑ってやるんだから。
「月海さん、最近無茶しすぎですよ」
鈴のような声とともに、私の顔を覗き込み、頬を包み込むように冷たい手を当ててくれる金髪翠眼の美女、イカネさんは私の癒しだ。
「うへへ。イカネさんのためだもん。私、頑張るよぉ」
「月海さん………」
彼女は、嬉しいような悲しいような複雑な表情をなされた。
「そんな顔しないで、私、イカネさんのために強くなるって決めたんだから」
イカネさんは、私の使役している式神だ。
願いが叶うおまじないをした時に現れ、友人になる契約を交わしたのだ。
その友人の頼みというのが、この世界に現れて、人に危害を加える妖魔の退治。
そこで私は妖魔退治を生業としている火宮桜陰先輩に教えを乞うたのである。
「ヨモギ、このアホ面を治してやってくれ」
先輩が声をかけたのは、純白の毛並みが美しい、狐耳尻尾の美少年、ヨモギ君。
桜陰先輩が契約した神使で、高い治癒能力を持っている。
「ご主人様、いくらオレがゆうのうでも、アホはなおせないや」
「そりゃそうだ」
先輩が好きすぎて、彼らの邪魔をする私が気に食わないらしい。
私だって、好きで先輩の近くにいるわけじゃないのよ。
冗談はさておき、ヨモギ君は私に手をかざし、人目につくところの怪我だけ治してくれた。
腕や足は綺麗な肌色に戻ったが、服の下は気持ち悪い色が残っていることだろう。
連日ボロボロにされる私の体は、元の肌色を見つけるのが難しいほどだ。
「ぜんしんたいつきてくれればいいのに」
「全身タイツ……」
そうしたら、彼はどこも治さなくて良くなる。
治してもまた怪我を作ってくる。
私がヨモギ君の立場だとしても、同じことを考えそうだ。
弱くてごめんね。
だけど、君のご主人様も同罪だと思うんだ。
ここ最近、特に容赦なくなってきて………。
手加減ってものがなくなってきた。
それはつまり、私の成長の証明であるのかもしれないけど、彼は褒めてくれないから本当のところはわからない。
もうっ、照れ屋なんだからっ。
「おら、とっとと撤収すんぞ」
「ゴフッ!」
先輩に、自然治癒で治りきらない横っ腹を蹴られた。
不本意なことを考えられていると気付いたのかもしれない。
身体強化をかけながら立ち上がり、稽古場を出る先輩と、中型犬サイズになったヨモギ君の後を追う。
イカネさんは、神界に帰ってもらった。
筋力で動かない身体を、霊力で操って無理やり動かすのも慣れたものだ。
これも、こてんぱんにのしておきながら、運んでもくれない先輩のせいである。