まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「うおおぉぉぉおおおぉぉぉぉ!」
野太い歓声が聞こえた。
先ほどの桃木野柚珠と違うのは、女子の歓声も混じっていることだ。
「行ってみるか」
先輩の提案に頷いた。
パイプ椅子の並べられた体育館。
中央には正方形のリング。
「おい! おい! おい! おい! おいーっ!」
掛け声と共に、裏拳をお見舞いする。
立派な胸筋でそれを受け止める。
攻守交代し、裏拳をお見舞いし、最後の一撃で倒れる。
「勝者! 浄土寺常磐(じょうどじときわ)ァー!」
審判の宣言に、リングの筋骨隆々な男が勝利の雄叫びをあげた。
「うおおおぉぉぉぉぉおおお!」
観客も叫ぶ。
倒れたものが運び出され、次の挑戦者がリングに上がる。
あんまり詳しくないけど、これ、プロレスだ。
リングの上で繰り広げられる空中戦。
筋肉だるまが縦横無尽に跳ね回る。
あれよあれよと勝ち続ける筋骨隆々な生徒を見る隣の先輩が、顔を歪めた。
「地であそこまで固いのかよ……」
「人間って、とても丈夫なんですねぇ」
「あいつが特別なだけだ……」
「先輩も、あれくらい出来そうですけど?」
「身体強化使えばな」
「…………」
あの人、生身なの……?
「うおおぉぉぉぉぉぉおおい!」
「わああぁぁぁぁぁあああ!」
彼の叫びに会場が呼応する。
「他に挑戦者はいるかァ! 飛び入り大歓迎だ!」
会場が戸惑いでいっぱいになる。
先程まで観客として楽しんでいたのに、自分に矛先が向くとは思うまい。
あんなの見せられといて、敵うとは思えない。
「はっはっはっ! そうかそうか。では、そこの黒仮面の者! 上がってこい!」
「……………」
「……ご指名ですよ、先輩」
「………勘弁してくれ」
「そう言いながら、リングへと向かう先輩好きですよ」
「うっせ」
観客の注目を浴びながら、リングへ上がる先輩は、筋骨隆々な生徒と対峙する。
「いくら黒仮面といえど、モヤシをいたぶるのは主義に反する。ハンデとして、武器の使用を許可しよう」
「いらねぇよ。とっととこい」
先輩がシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になる。
細身ながらも綺麗な筋肉のついた身体がさらされた。
「フッ……いいだろう」
観客が沸いた。
私は先輩に投げられたペンダントをキャッチし、胸の前で祈るように握りしめた。
目の前のリングでは、技をかけあう彼ら。
もう、踏み込みの音すら恐ろしい。
私の内で、ふたりが励ましてくれる。
大丈夫、先輩は死なない。
と。
私は、先輩の覚悟を見届けなければならない。
相手の土俵で真っ向からやりあう彼の姿を。
「フハハッ! 楽しい! 楽しいぞ!」
「ハッ……! そりゃよかったなっ……」
「いつまでも続けていたいところだが、そろそろ終わりにしなければ」
「御託はいい。話し合いに来たわけじゃないんだ」
先輩のドロップキックを受けてもびくともしない。
舞うような空中戦、大技を経て、互いに満身創痍のクライマックス。
観客もおおいに沸く。
歓声で体育館を揺らした。
総まとめのような連続技の末に、勝者が決まる。
「……っ! 勝者! 浄土寺常磐!」
「わあああぁぁぁぁあああ!」
倒れている先輩を、浄土寺常磐が引っ張り起こし、肩を抱く。
お互いに笑顔を見せており、いい勝負だった、と言ってそうだ。
「浄土寺ー!」
「サイコーだ!」
「仮面の人も良かったぞー!」
観客の拍手と歓声。
先輩を讃える声。
試合の感動か、先輩が無事であったことの安心か。
涙でてきた……。
先輩と浄土寺常磐が再度握手をかわす。
「楽しかったぞ。俺と対等に渡り合える人はそういない! モヤシ扱いして悪かったな」
「かの有名な浄土寺様とこのような機会をいただけて光栄です」
「見所のある男だ。所属が決まってないならうちに来ないか?」
「お誘いいただけてありがたく存じますが、なにぶん複雑な立場にいるもので……。お気持ちだけで」
「そうか………。だが、うちの権力もなかなかのものだ。何かあればうちに来い」
「感謝します。……それでは、俺はこれで。連れがいますから」
「おう! 文化祭楽しんでこい!」
先輩は、浄土寺常磐と観客に向けて一礼してから、リングを降りた。
脱ぎ捨てたシャツをまとった先輩に駆け寄る。
「先輩っ!」
「悪かったな、心配させて……」
「信じてましたから」
口角を上げて見せる。
仮面のお陰で涙目なのはバレてない。
「そうかよ」
先輩は、私の捧げ持ったペンダントを首にかけた。