まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
稽古場を出て、先輩と並んで離れにある自分の部屋に行こうとした時、母屋から歩いてくる人影がふたつ。
桜陰先輩の弟で、火炎の術師として名家である火宮家の次期当主、火宮陽橘。
その花嫁であり、私の実の妹、コノハナサクヤヒメの生まれ変わりである、天原咲耶。
「頑張っても兄さんは僕には敵わないのに」
「本当のこと言わないであげて。かわいそう……」
美男美女カップルである彼らは、私と先輩を鼻で笑ってから通り過ぎていく。
「…………」
「…………」
あいつら、いちいちつっかかってこないと気が済まないのかな。
彼らが稽古場に消えたところを確認してから、先輩が中指をたてた。
「その時が来たら負かしてやるよ」
「ひゅー。先輩かっこいー」
「お前も、負けんじゃねぇぞ」
「………精一杯、頑張りますよ」
正直、生まれ変わりと言われる規格外の強さを持つ妹に勝てるかと問われれば勝率などほぼ無い。
が、逃げられない理由だけなら沢山ある。
差し出された拳に拳をぶつけた。
「今夜は久々の任務だ。特訓の成果、見せてみろ」
「ただボコられてたわけじゃないって、証明してやりますよ」
私の宣言に、中型犬ヨモギ君が鼻で笑った。
よわいくせに、と思ってそうだ。
いつか、君のご主人様をぶっとばしてやりますから。
心を読んだのか、ヨモギ君に背中からタックルをくらった。
体勢を立て直すことができず、顔面から地面に激突するかと思った瞬間、隣を歩く先輩が引き上げてくれた。
「おいおい、気をつけろよ」
「ちっ………」
そんなやつほっとけばいいのに、とヨモギ君が舌打ちした。
「ヨモギも、部屋に戻ってから遊んでもらえ」
「んなっ!?」
「ちがうもん!」
私とヨモギ君は同時に抗議の声をあげた。
仲良しでじゃれていたわけではない。
「私にはイカネさんがいますから、どうぞヨモギ君と思う存分楽しんでくださいませ」
先輩に抱きしめられていたのを突き放して、離れにある自分の部屋へ走る。
残された先輩は、ヨモギ君が飛びついて顔を舐め回していた。
まあ、逃げ帰ったところで、行き着く先はほぼ同じ。
この家は、訳あって一時的に間借りしている先輩の家だ。
そして、私の部屋の隣は先輩の部屋である。
部屋の扉を閉めて、再度イカネさんを喚ぶ。
「イカネさん」
彼女は天女の微笑みで再召喚に応じてくれた。
「不便でごめんね」
「うふふ、もう慣れました」
蒸し暑い室内を、イカネさんの発生させた冷気が冷やす。
冷房のない部屋なので助かります。
部屋の四隅に貼ったイカネさん特製お札が、イカネさんの神力を隠してくれる。
だから、火宮家の者に高位の式神であるイカネさんが居ると知られる事はない。
「さあ、ふたりきりを邪魔されないよう、あの大魔王を締め出さないと!」
こちとら、訓練が終わってまで先輩の顔を見たくはないのです。
鍵を閉めただけだとピッキングで開けられたので、重めの荷物でドア前を塞ぐ。
「これでよし」
ひと仕事終えて、イカネさんといちゃいちゃしようと思った瞬間。
横からドスンと、何かが倒れるような音が聞こえた。
「………は?」
「あらあら………」
壁があるはずのそこには、人ふたりが並んで立てるくらいの大きさの穴が空いていた。
「お前の考えることはお見通しなんだよ」
穴の向こうには、刀を手にした火宮桜陰。
背景には、彼の部屋。
こいつ、壁を斬りやがった。
「なんてことしてくれちゃってんですか!?」
「お前が戸を塞ぐから悪い」
「言うに事欠いて!」
「隣の部屋なのに、いちいち廊下に出にゃならんことに、めんどくささを感じていてな」
「だからって、家壊すか!?」
「なに、気にすんな。リノベーションだ」
「目の前での大胆なリノベーションがあってたまるか」
「式神のことなら心配するな。お札なら、俺の部屋にも貼ってある」
イカネさんを見ると、微笑んで頷かれた。
イカネさんの神力外部漏れへの心配はないらしい。
「いやいやしかしだな」
「この家は俺の家だ。居候が口出しすんじゃねぇ」
確かに、家主のする事にいちいち口は出せないかもしれないが。
「お父上に、家を壊したと知られても良いのですか?」
「それで脅したつもりか?」
「………………イカネさぁぁん!」
「よしよし、月海さん、大丈夫ですよ」
どさくさに紛れて、イカネさんに抱きついた。
それでも悔しい。
私はまた、この俺様大魔王に負けた。
イカネさんとのふたりきりの時間が………。
力でも勝てない、口でも勝てない。
「はっはっはっはっはっ!」
俺様大魔王が高笑いをしている。
「はっはっはっ!」
ヨモギ君も先輩の真似をする。
ちくしょう、いつか絶対負かしてやる………。