まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「この先に何があるか、貴方はご存知なのですよね」
イカネさんの質問に、響は頷く。
「……全てじゃないけど。………ここは実験施設。………いろんな妖魔が捕えられて、人体実験を受けてる」
「………」
ヨモギ君の耳と尻尾がブルリと粟だった。
それから耳がひくひく動く。
「うめきごえが、いっぱいする」
「もうすぐ着くよ」
響の言葉通り、私たちの耳でも呻き声が聞こえるようになればすぐだった。
階段と向こうを隔てる扉を開けて、中に入ると、文化祭の幻術で見たような座敷牢にお札が貼られているものが、ずらーっと遠くまで続いている。
小さな火がところどころ照らす薄暗い場所で、どこまで続いているかはよくわからない。
「こっち」
ヨモギ君の先導で私たちは進む。
横切る牢屋からは、犬の吠える声、鳥の羽ばたく音、果てはヒトの悲鳴のようなものまで。
聞くに耐えないものばかり。
不衛生な臭いも滞って、よくない環境であることがわかる。
ツクヨミノミコトが表に出てくれて、私は耳を塞いでいた。
火宮の牢屋なんて、静かで何もないところでしたよ。
すぐ逃げたけど。
「マシロっ……!」
ヨモギ君の声で引き戻された。
先程までより明るいここでは、マシロ君がぐったりと横になっているのが見える。
両手首に繋がれた鎖は奥の壁に固定されていた。
「マシロ、だいじょうぶか!?」
マシロ君のいる牢に手をかけたヨモギ君。
その手から煙があがり、肉が焦げる匂いがした。
「駄目、手を離して。そのお札は逃走防止。人外が触れると焼ける」
響の解説に、ヨモギ君の判断は早かった。
「げぼく、なんとかしろ」
先輩に毒されてるよ……。
下僕たる私は、スサノオノミコトで牢屋の柵を切り落とした。
続けて牢屋に入り、拘束具も切り落とす。
「マシロっ」
「…………すご」
「戦神ならこのくらい、余裕だよねぇ」
スサノオノミコトは仕事が終われば引っ込んだ。
クールなお方だ。
「今の……」
「おっと、詮索は無用だ」
私を見てくる響に、ツクヨミノミコトは人差し指を唇の前に立てて、しいっ、とした。
拘束具のせいで赤くなった両手首をヨモギ君が癒す。
「うぅっ………」
呻き声をあげたマシロ君の意識は戻っていない。
気持ち、顔色がマシになった気がする。
「急ぎ、連れ出しましょう」
マシロ君をお姫様抱っこするイカネさんに、私は手を振った。
「そちらはお願いします」
「ご主人様?」
「私は、ヨモギ君似の美女と、犬神の証拠を探します」
「このひとだよね……?」
響の声がした方を見る。
彼が背を支えるようにエスコートしているのは、幻術の時よりやつれているが、白銀の狐耳美女だった。
「いつの間に……」
「皆さんが鬼の子を見ている間に、連れ出した……」
狐耳美女はヨモギ君から目を離さない。
ヨモギ君も、彼女から目を離せないでいるようだ。
「…………ああ、ああ」
狐耳美女の赤い瞳から水が溢れる。
「生きていたのね………。こんなに立派になって……っ」
膝から崩れる彼女の背を響がさする。
様子からして、彼女がヨモギ君の母親で間違いなさそうだ。
しかし、当のヨモギ君はわかっていなさそうで、首を傾げていた。
野生の勘とか、いいかんじのものが都合よく発動しない。
離れ離れだった親子の感動の再会とはいかなそうだが、母君が幸せそうなら良し。