まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー



「これで全部だな。解くぞ」



「………ん? あれ………」



先輩が術を解こうとした時、小柄な人影が近づいてくるのが見えた。



「まだ生き残りがいたのか」



「待って!」



戦闘体勢をとる先輩とイカネさんを止める。



「邪魔だ荷物!」



「普通に荷物呼び!」



っと、つっこんでる場合じゃない。



「敵とは限らないんじゃないかなぁ、とか?」



「馬鹿が。今ここには人避けの術と妖魔を誘き寄せる結界を張ってるんだ。結界を破った同業者でもない限り、人が入ってくる事はない」



「でもほら、子供ですし」



「子供の姿をしてるから無害とは限らない」



「子供の姿で騙して襲うということも、往々にしてある事なんです」



イカネさんにまで言われたら反抗できない。

私は、イカネさんを掴んでいた手を離した。



「……おい、俺の手も離せよ」



「先輩は先輩だからなぁ」



「あぁん?」



ほら、そういうところですよ。



「あの子供、びっくりしてるじゃないですか」



「しらねぇよ」



先輩は警戒を解かないが、ヨモギ君はあの子供のことを気にしているようだ。

子供同士、何か感じるものがあるのかもしれない。



「ほらほら、こっちにおいでー」



手招きすれば、おそるおそる寄ってきた。



「お前、ちょっとは警戒しろよ」



「私の分まで先輩がしてくれてるでしょ」



「チッ……」



舌打ちだけされて、それ以上咎められなかったので、許可が出たと思うことにする。


近くでよくよく見れば、ヨモギ君と同じ年頃の美少年である。

人間と違うところは、額に2本の小さな角があることくらいか。

それの意味するところは。



「鬼………」



人でないことは確かだった。

しかし、恐怖は感じない。



「君、どこから来たの?」



「…………」



問いかけても返事はない。

私と彼の間には、3歩くらいの距離がある。

手負いの獣のような彼と、距離を縮めるにはどうするか。

少し考えて、懐の中の存在を思い出す。



「お腹空いたのかな? このマシュマロをあげよう」



「持ってきてたのかよ………」



「いいじゃないですか」



外野は黙っとれ。

袋を開け、ビッグマシュマロをひとつ出して、鬼の美少年に差し出すが、寄ってこない。

戸惑っているようだ。



「毒とか入ってないよー」



差し出したマシュマロは私が食べ、新しく袋から出したものを差し出す。

それでも戸惑っているようだ。



「いらないならオレがもらう」



「あっ………」



横からヨモギ君に持っていかれた。

彼はヨモギ君の口内に消えるマシュマロを、未練がましく目で追っていた。



「大丈夫。まだあるよ」



袋から出した瞬間、ひったくるように奪われた。

もしゃもしゃ食べているところが愛らしく、次々と差し出す。

彼は次々と口の中に押し込み、ハムスターのように頬を膨らませた。

人畜無害なその仕草に、先輩も毒気を抜かれたようだ。


イカネさんも、張り詰めた緊張はなくなる。

ヨモギ君は、険しい目で鬼の美少年を睨んでいた。

あっという間にマシュマロは空になった。



「おまえ、オレのマシュマロは!」



ひとつしか食べていないヨモギ君が、鬼の美少年の胸ぐらを掴む。



「もふもふもふ………」



「はけ! オレの!」



口がいっぱいで喋れない彼をがくがく揺さぶる。


ヨモギ君よ、吐かせてどうする気だ。

まさか食べるとは言わないよな。

さすがに顔が青くなる鬼の美少年が可哀想になり、止めに入る。


いや、原因は私なんだけどね。



「ごめんね。つい………」



「ヨモギ、家に帰ったら好きなだけ食わせてやるから」



美少年ふたりを引き剥がし、宥める。

先輩はヨモギ君を抱っこして頭を撫で。

私は鬼の美少年と目を合わせて、彼の頭を撫で回していた。


餌付けに成功したのか、抵抗はない。

ふへっと微笑まれたので、にへらっと笑い返した。



「月海さん……」



気持ち低めの声で、イカネさんに呼ばれる。



「あい、すいません!」



姿勢を正し、イカネさんに敬礼する。

鬼の美少年はビクッとして、頬のマシュマロを飲み込んだ。



「この子、どうするおつもりですか?」



「できることなら、うちに連れて帰ってあげたいと思います」



「この子の家をご存知ですか?」



「知らないので、火宮の家に……」



「……………などとおっしゃっていますが、如何ですか、火宮さん」



「どうって……」



先輩が答える前に、ヨモギ君は先輩の腕の中でグルグルと威嚇する。



「うちにはヨモギがいるからな。これ以上飼えん」



「ひどい、先輩。差別ですか? ヨモギ君は拾ったくせに」



「先住者との相性があんだろが」



「オレはもふもふでかわいいってご主人様いってた!」



「この子だってかわいいよ。ほら、あの人に媚売ってきて」



「月海さん、わたくしというものがありながら」



「違うんです! イカネさんが一番かわいくてかっこよくて美しいです!」



「なら、外で変なもの拾ってきませんよね?」



「それとこれとは別といいますか」



「そうおっしゃって、また浮気するのですか?」



「浮気!?」



「ご主人様はオレがいちばんだよな! うわきしないよな!」



「お前ら! ヨモギに変な言葉教えるんじゃねぇ!」



「しつけは先輩の仕事です!」



ああもう、混沌としてきた。

この場をどうやって収めよう……。


鬼の美少年が、居心地悪そうに一歩引いた。



「あっ、君………!」



「いいんだ、ボク、もういくから。マシュマロ、ありがとう………」



寂しそうに小さくなる背中に、私たちの争いは止む。


どうしよう。

また引き留めたところで、また彼の負担になるのでは意味がない。

ぼろぼろに汚れた着物を着て、お腹を空かせていた子供。

帰る家があったとして、きっとろくでもないところに違いない。

無力な私は、何もしてあげられない。

俯きそうになった時。



「おい、まてよ」



声をあげたのは、ヨモギ君だった。



「どうしてもってんなら、マシュマロ、わけてやらんこともない」



先輩の腕から飛び降り、鬼の美少年に手を差し出す。

彼は、ヨモギ君の手と顔を交互に見てから、やがて手を取った。

そして互いに微笑む。


捨てられた子供同士、通じるところがあったのかもしれない。

先輩も仕方ないと肩をすくめた。

お持ち帰りが決まった瞬間だ。


それから火宮家に帰り着くまで、ふたりは手を繋いだままだった。




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