まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「仕方なかったんだよ。吊り橋効果狙ったのに先輩がおちてくれないから」
だからといって、人の身体で色仕掛けはやめて。
別の意味で目に毒だから。
その膨れっ面も、私がやると視界の暴力だから。
「どこに吊り橋効果要素がありましたか」
冷ややかに見下ろしてくるイカネさん。
そんなお顔でも目の栄養です。
「月海、オモイカネは鬼だよ。信じちゃいけない」
「あなた、月海さんに創作を吹き込まないで」
「またねぇ先輩」
投げキスしてから、ツクヨミノミコトは仮面を外した。
身体が重くなり、感覚が戻る。
操作権が私に返された。
身体を取り戻してから真っ先にすることは決まっている。
「この度はまことに申し訳ございませんでした!」
盛大に水飛沫を飛ばしての水中土下座。
先輩たちが面食らうのがわかった。
大事なのは瞬発力。
意表をつくことが肝心。
責める気持ちを少しでもふっ飛ばすのだ。
ただ問題は、私の肺活量がどこまで耐えられるか。
『………水中で呼吸ができるようにした』
試しに吸って、吐く。
空気と同じように呼吸ができた。
スサノオノミコトが手助けをしてくれたようだ。
ありがとう。
お陰で持久戦にも対応できる。
『私はー?』
ツクヨミノミコトが何か言ってるが、無視する。
「わかってます、大丈夫ですよ」
イカネさんの慈愛のお言葉を賜る。
心の中で、両手を組んで涙した。
イカネさん女神!
『オモイカネは悪魔だよ』
ツクヨミノミコトが何か言ってるが、無視する。
先輩は無言で湯船を出て、子供達もそれを追う。
洗い場でキャッキャとシャワーを流してから、彼らは浴場を出て行った。
私はずっと水中土下座していたので、見ていない。
扉が閉まる音がしてから、顔を上げた。
「お疲れ様でございました」
「……うん、ありがとう」
イカネさんに差し出された手をとり立ち上がる。
促されるままに身体を洗われ、風を起こして乾かしてもらった。
優しい。
やっぱりイカネさんは天女だ。
それから自室に戻り、アメノウズメに1袋とイカネさんに3袋。
とっておきのマシュマロを渡した。
「お世話になりました」
「いいのよ。オモイカネの主人ちゃん」
「それでは月海さん、わたくしも用事がありますのでここで」
「うん、ありがとう。オオクニヌシさんとスクナヒコナさんによろしくお伝えください」
アメノウズメとイカネさんは揃って神界に帰った。
さて、とお菓子箱を覗く。
マシュマロの在庫がだいぶ減ってしまった。
近いうちに仕入れないと。
『月海、出てた奴らが帰ってくるよ』
「おい! 牢屋に入るぞ! 急げ!」
ツクヨミノミコトと、先輩の声は同時だった。
「はい!」
私は部屋を飛び出す。
せっかくお風呂に入ったのに、またジメジメ汚い牢屋に逆戻りかぁ。
結果、嫌々入った牢屋だったが、思いの外すぐに解放された。
私の両親の手前、長期的な幽閉はできなかったらしい。
嫌われ者の私だが、一応は火宮家の客人である。
朝食を終え、自室に戻った私は、結界を強化し……。
寝落ちた。
登山からの神水流家潜入と、夜通し動き回った身体は思った以上に休息を欲していたようだ。
「情けない、俺様はお前をそんなふうに育てた覚えはねぇぞ」
ぐりぐりと腰を踏まれる。
……そこじゃない、もっと上ー。
しかし、願いに反してただ痛いところをぐりぐりされるだけだった。
動きたくない、眠い。
寝返りをうつように身じろぐだけで力尽きた。
いや、死に際の最後の抵抗が近いかもしれない。
瞼の裏で、先輩が自信に溢れた強者のいい笑みを浮かべている。
その笑顔で、無慈悲に足を振り下ろすのだ。
……くそ、夢の中でもボコられるのかよ。
せめて現実では勝ちたいと思うのは我儘だろうか……。
いや逆だわ。
夢で勝てないのに現実で勝てるものか。
まずは夢の中で倍にして返してやる。
決意を固めた瞬間、肩甲骨のあたりに2発もらった。
先輩の悪い影響を受けた子供たちの一撃。
子供とはいえ、あやかしの力は強い。
身体強化を発動し、痛みを抑える。
少し強めのマッサージ程度の心地よい痛みは眠気を呼ぶ。
………考えなければならないことは山ほどある。
ヨモギ君とマシロ君を隠す方法。
先輩が次期当主に推薦された件。
妖魔退治の試験。
弟くん以外の次期当主全員、先輩の正体に気付いていそうなこと。
そしてなにより、アマテラスオオミカミと契約したという、天原という術師。
考えなければならないことは山ほどあるのだが。
「………ぐー」
でも今は疲れたからおやすみなさい………。
ここで完全に意識を手放したので、この後先輩が何をしたかを私は知らない。
こうして、マシロ君をめぐる騒動は、ひとまずの終わりを見せたのだった。