まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
響自身を包む水の膜が晴れると、石造りの神殿だった。
目の前には気絶した父親。
神水流の当主だった者がいた。
それはボロボロになっているが、胸や肩の動きでかろうじて生きていることがわかる。
周囲には実験に使われたあやかしたちが、遠巻きに父親を見ている。
響の姿を確認すると、彼らは頭を垂れる。
響は顔が緩むのを抑えられなかった。
まったく、粋なことをしてくれる。
あやかしの世界という邪魔されない場所に、先行していた実験動物と、標的の神水流当主を既に用意してくれていたのだから。
父親の瞼が震えた。
意識が戻ったかな。
「おはようございます、元当主」
響はこれから起こることに愉悦を感じながら、声をかけた。
「響、貴様………!」
目を覚ました神水流元当主は、響の姿を認めた瞬間、殺意のこもった目で睨みつける。
「………こんなに御膳立てしてもらって、何もしないわけにはいかないね」
「な、何をする気だ……!」
元当主は響から距離をとろうと体を引き摺る。
数秒かけてじりじり離れたのを、響はほんの一歩で無かったことにした。
「ひぃっ!!」
「………ツクヨミノミコトは僕の歌をローレライと言った。なら、標的には破滅してもらわなきゃ……」
ほの暗い笑みの響。
顔を恐怖で引き攣らせる元当主に、優しく声をかける。
「………安心して、簡単には殺さないし、犬死にもさせない。その命、役立ててあげるからね……」
これからの己の姿を想像したのか、元当主は泡を吹いて気絶した。
それを冷めた目で見下ろしてから、響は実験動物に命令を下す。
「………お願い」
「ガウッ!」
「キュウウッ!」
実験動物達は、各々の得意なことで命令を遂行する。
元当主の服を溶かし、一糸纏わぬ姿にし。
大の字に身体を拘束、抵抗を封じる。
仕上げに響が、牢屋にかけるような、術を阻害する結界を張れば、準備は完了だ。
「………ちょっと待っててね」
「ピィ!」
響はツクヨミノミコトから賜った鏡を取り出す。
光を反射し、床にあてれば、そこが人間の世界に繋がっている。
響の為に用意されたものなだけあって、繋がった先は神水流家地下研究室だ。
そこから必要な機材や薬剤を搬入する。
研究資料など、必要なものを全て運び終えたその時、元当主が目を覚ました。
「………ここは…………っ! 響、これはいったいどういう事だ!」
拘束に気付いた彼は騒ぎ出す。
「………うるさいなぁ。同じ事しか言えないの?」
響は注射器の薬剤の空気を抜きながら、元当主に近付き。
「お前、その手に持っているのは何だ!? アググウゥッ!」
首に針を突き刺し薬剤を注入した。
「アグァッ! アガがガガガ!」
声にならない悲鳴をあげて、拘束具をガクガク揺らす。
同情はしない。
「………あのひとに十年近くしてた実験、お前の体で試してやるよ」
重症だったはずの傷は全て消えていた。
これは、完成とされていた回復の薬。
しかし副作用で激しい痒みに襲われるらしい。
白目を剥き、舌を出して涎を垂らす。
ついでに失禁しているのを見るに、実用化には程遠い。
手始めに、これを改良するのもいいな。
「……………はぁ」
彼がどんな環境にいようが構わないが、僕達もいる空間が汚いのは嫌だ。
排泄物は水流で外へ押し流す。
これからはそういう世話もしてあげなきゃいけないのか。
と考えると嫌になるが、それ以上の魅力があるから仕方ない。
多少の手間は目をつぶろう。
「た………たす、け……て……………」
元当主が譫言を言っている。
響は深いため息をついた。
耳元でゆっくりと言い聞かせる。
「……助けてって何? あのひとに言われて、聞いてあげたことあった? 同じことするって言ったでしょ。僕は特別に、倍の時間をかけて、丁寧にしてあげる」
「や、め…………」
「……自分でしてた実験でしょ、なにを恐れることがあるのかな? ………ああ、勘違いしないで。僕は無駄な実験はしないから。結果によって、多少内容は変わるからね。………お前の研究、お前の命をもって、完成させてあげる」
そして響は2本目の注射を打ち込んだ。
今度は悲鳴も上がらない。
酸素を求める魚のように口をはくはくさせるだけ。
響は距離をとり、観察の姿勢に入る。
次の実験は、怪我の回復速度が上がるもの。
方法は簡単。
「………やれ」
「グルアアァァ!」
「うぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
響の合図で、実験動物が一斉に元当主に襲いかかる。
すぐさま広がる血の臭い。
実験動物達も過去の恨みを晴らせる。
一石二鳥。
出血量が常人の致死量を超えたところで、一度止める。
「っく、はあ、はあ……っ、は………」
血溜まりを見るに、喉を裂かれたようだが、綺麗に治っている。
皮一枚で繋がっていた腕は、支えてやればくっ付く。
裂かれた腹は、腸をはみ出させたまま傷口が閉じていた。
完全に千切れた下腿は切れた状態で皮膚が覆っており、くっつかない。
「……うーん。実用化には程遠い」
瞬時に治れば、怪我など無いに等しい筈。
効くまでに時間がかかるから不完全な治癒になる。
というより、傷口を閉じただけで、治すとはちょっと違うのかも。
再び一度目に打った回復薬を打ち込めば、はみ出た腸がぼとりと落ちた。
腹は新しい皮膚ができている。
下腿は新しく生えて、切られたものはそのまま残った。
スクナヒコナの治癒に近い効果が得られていると見ていいだろう。
「………うん、副作用さえ無ければ素晴らしい薬だね」
鼻歌を歌いながら、新しく生えた足に拘束具を付け直し、響はノートとペンを持つ。
「……使い心地はどうですか?」
「っはぁ、はっ………っくぅ…あぁっ………」
半分意識を飛ばし、息も絶え絶えな元当主に怒りが湧く。
こんなものを、あのひとに使い続けていたなんて。
「………まだ数分しか経ってないのに、壊れないでくださいよ。感想もらえないと、正しいデータが取れないじゃないですか」
目を覚まさせるため、顔に大量の水をかけた。
ついでに血痕も綺麗に流す。
「っゲホ、ゲホゴハ……ッ!」
「……まだまだ試していないモノはたくさんあるんです。さくさくいきましょう」
新しい注射器を構える響に、元当主は絶望の眼差しを向けた。