【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~

42. 異次元の癒し

 船の大きさは二十メートルくらい。川を使って物資を運ぶように建造されたばかりの平底船で、風の魔晶石を組み込んであり、魔晶石から吹きだす風を使ってジェットフォイルのように推進する。川の水の聖気を使うので、燃料不要で走る実にエコな乗り物だった。

「おぉぉぉ、なんとすごい……」

 ローレンスは船尾からバシューと派手に吹きだすジェット水流を見ながら圧倒される。

「へへん! いい船だろ?」

 トニオは鼻高々に自慢しながら舵をクルクルッと回した。

「魔晶石は我のじゃがな……」

 レヴィアはジト目でトニオを見る。

 船は快調に飛ばし、花畑の間をゆったりとカーブしながら湖へとやってきた。目の前に現れる白亜の構造物、セントラル。巨大な岩山、ロッソを背景としてまるで豪華客船のように優美な姿を湖面に展開している。

「え? 湖の上に建物が……、ど、どういうことだ……、ありえない……」

 ローレンスはその異次元の風景に息を呑んだ。

 砂漠のど真ん中の花畑に囲まれた碧く澄んだ湖。その上にそびえたつ見たこともない巨大構造物。神々の領域に足を踏み入れたかのような景色にローレンスはただ茫然とするばかりだった。

 オディールは目を丸くしているローレンスを見ながらニヤッと笑う。

「あそこがセント・フローレスティーナの中心、セントラルだよ。まずは聖水のお風呂に浸かってゆっくりして」

「せ、聖水で風呂!?」

 ローレンスはその常識外れの話にポカンとした間抜けな顔で言葉を失った。


      ◇


 セントラルの船着き場に船を寄せると、一行は作ったばかりのエレベーターに乗った。ゴーレムの動力を使ってカゴを上下させるだけの簡単なエレベーターだ。

 今回の動力源はピーリル。エレベータのカゴの脇の方に長方形の穴が掘ってあり、そこにピーリルは身体を合わせた。そして、みんなが乗ったら車輪を回し始める。穴の下には歯車がついてあり、それを回すとかごが上下する仕組みになっているのだ。

 エレベーターはシースルーになっており、湖が一望できる。どんどんと上層階へと上がっていく中、ローレンスはキラキラと光る湖面を見ながらキツネにつままれた気分になっていた。

 砂漠から水が流れてきたという報告に興味を持って、川沿いに砂漠を延々と旅してきたローレンスだったが、そこにあったのは花畑であり、湖であり、未来的な建造物にエレベーター。まるで桃源郷にでも来たような地に足のつかないフワフワした気持ちだった。

 ピュイッ!

 十階につくとピーリルはカゴをロックして扉を開けた。

「セントラルへようこそ!」

 オディールはにこやかに腕を伸ばし、ローレンスを十階のフロアに案内する。

 手すりから下を見ると、スタジアムのように下のフロアが棚状に一階のステージを囲んでおり、その機能美にローレンスはグッとくる。

 ロッソの方はV字型に開かれていて、花畑の中にそびえ立つ巨大な岩山を一望できる。その今まで見たことの無い建築物にローレンスは、思わずため息をついて首を振った。

 ロッソには一筋の滝が流れ落ちており、キラキラと聖気を含んだ金色に光る微粒子の群れが滝つぼから煙のように上がっている。高低差三百メートルを一気に落ちる滝のダイナミックな景観は見事だし、なおかつそれが聖水だという事実にローレンスは圧倒された。

「どう? これが僕の街、セント・フローレスティーナだよ」

 オディールはニッコリと笑う。

「あ、あぁ……。言葉もない。……。こんな街がこの世にあるなんて信じられない……」

「ははっ、僕も信じられないよ」

 オディールもつい笑ってしまう。

 続いて大浴場を案内する。

 十階の一段高いところに設置された大浴場は露天風呂になっており、浴槽の縁一杯まで張られた聖水は風呂と湖が一体となって見えた。

「これが、聖水の風呂……?」

 ローレンスは浴槽に手を入れ、キラキラと舞っている金色の微粒子をしばらく眺めると、おもむろに両手ですくってゴクリと一口飲んだ。

「おぉ……、おぉぉぉ……」

 全身に染みわたる聖気に細胞の一つ一つが活性化され、身体の芯にエネルギーがほとばしるのをローレンスは感じる。その圧倒的な効果に、ローレンスはひげから水滴をポタポタと落としながら思わず天を仰いだ。

「これは凄い!」

「まぁ、ゆっくり浸かって。タオルとかは脱衣場にあるから、終わったらゲストルームに来てね」

 オディールはサムアップしてニッコリ笑った。

 服を脱いだローレンスは恐る恐る浴槽に身体を沈める。

 聖水の聖気が体の芯に徐々に浸透してきて心も身体もポカポカしてくる。それは今までに感じたことの無い、脳髄の奥底まで揉みほぐされていくような心地よい癒しだった。

 おぉぉぉ……。

 ローレンスは両手に聖水を救うとジャバジャバと顔を洗い、大きく息をつくと眼前にそびえる巨大な岩山を眺める。

「さて……、どうしよう……?」

 この桃源郷で何をしたらいいのか分からなくなり、ローレンスは困惑していた。最初はいい交易品があれば商売相手として関係を築こうと気楽に考えていたのだったが、ここはもはやそういう次元に無かった。

 聖水を瓶に詰めて売るだけだって膨大な利益になるだろう。だが、この最高の露天風呂に身を委ねているとそんな金儲けがくだらなく虚しく思えてしまうのだった。
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