【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~

75. プニプニ幼女

「い、いやぁ! 止めてぇ!」

 オディールは思わず手を伸ばし、その壊れていくセント・フローレスティーナの映像に触れてしまう。

 刹那、波紋のようなものが映像の上に広がった。

 パウッ! パウッ! パウッ!

 いきなり警報が鳴り響き、映像の上には真っ赤な『WARNING!』の文字が躍った。

「な、なんだこれ!? な、何が……」

 オディールは我に返る。

 ま、マズい……。

 この映像は単に表示しているだけでなく、触って動かす何らかの端末だったのだ。

 オディールが真っ青になって固まっていると、ペキペキペキという薄いガラスを割るような音が室内に響きわたる。少し先の空間に亀裂が生じ、鮮烈な青い光が吹きだし始めたのだ。

「ヤバい、ヤバい、ヤバい……」

 人智を超えた何かがやってくる予感にオディールは慌てて後ずさり、脂汗を浮かべながら亀裂をにらんだ。

 神聖なる神殿に不法侵入して端末に勝手に触れた、それはかなり重い罪になってしまうのかもしれない。

 ところが、亀裂からニョキっと出てきたのは可愛い小さな指……。

 どう見ても小さな子供の指だった。

 あ、あれ……?

 オディールは一体どういうことか分かりかね、首をひねる。

「よいしょ! よいしょ!」

 可愛い幼女の声が響き、可愛い指が空間の裂け目を押し広げると、中から可愛い幼女が現れる。

 ボブのショートカットでサラサラとしたブラウンの髪に、プニプニとした柔らかそうな紅いほっぺた、まるで天使のように見えた。

 幼女は床に着地しようとしてベチャッとこける。

 ぎゃはっ!

「あっ、大丈夫?」

 オディールは思わず駆け寄った。

「いたたた……。あっ! おねぇちゃんだ……」

 泣きそうになりながら起き上がり、オディールを見上げる幼女。

「おねぇちゃんは……悪い人?」

 幼女はクリっとしたつぶらな瞳でオディールを見つめ、小首をかしげた。

「悪くない! 悪くない! ただ、今お友達が大変なことになってて、女神様にお会いしたくて……」

「悪い人だったら倒してパパに褒めてもらうの!」

 幼女は話も聞かず、嬉しそうに笑う。

「た、倒す……?」

 無邪気に『倒す』と言う幼女にオディールは冷汗を浮かべた。

 可愛い幼女ではあるが、空間を割って出てきた時点で明らかにただものではない。

 オディールは確かに不法侵入してしまっているが、ちゃんと『お邪魔しまーす』と言ったし、カギがかかっていない所に入ったくらいでは重罪にならない……と、思いたかった。

「僕を見てごらん、か弱い女の子でしょ? こんな女の子が悪い人なわけないよ」

 オディールはこわばった笑顔で必死にアピールする。

「うん、女の子に悪い人いないよ……」

 幼女は上機嫌にそう言いながら、指先で空中に不思議な模様を描く。ヴォン! と効果音が鳴り、青いスクリーンを空中に浮き上がった。そこにはオディールの個人情報がずらりと並んでいる。

「ゆうきあきら……おとこ……? あれ?」

 幼女は眉をひそめ、オディールの顔をまじまじと見る。

「あ、いや、それは転生前で……」

 オディールは慌てて手のひらをブンブンと振った。

「うそつきっ! うそつきは……悪い人……よ?」

 幼女は獲物を見つけたかのような悪い顔をして、ポッケから肉球手袋を取り出すと、キラリと目を光らせながら手にはめた。

「いや、嘘じゃなくて……」

 オディールは必死に弁解しようとしたが、幼女は肉球手袋をビシッとオディールに向けて叫ぶ。

「悪い人は()んで!」

 黄金色の光を放つ肉球手袋をブンとオディールに向けて振る幼女。肉球手袋からは鋭い光の刃が射出され、オディールに迫った。

 ひぃ!

 のけぞって間一髪ぎりぎりのところでかわすオディール。パサっと金髪の前髪が斬れて散った。

 光の刃はそのまま直進して、ガン! と衝撃音を放ちながら透明な壁を突き破り、満天の星のかなたへと飛び去っていく。

 ゴォォォオ!

 割れた壁から空気が宇宙へと激しく吸い出されていく音が響き渡った。

「あぁっ! やっちゃった……。なんで避けるの!?」

 幼女はプクッとほっぺたを膨らませてオディールをにらむ。

「ちょ、ちょっと待って、パパを呼んで! 話せばわかる……」

 しかし、幼女は聞く耳を持たない。

「悪い人は()ぬの!」

 肉球手袋を今度は高々と掲げ、紫色に光らせる幼女。

 明らかにヤバい技が繰り出される予感にオディールは顔面蒼白になって後ずさる。

「行っけーー!!」

 幼女は渾身の力を込め、肉球手袋を縦に振り下ろす。

 ベキベキベキ!

 足元の空間が裂けながら、割れ目がすさまじい速度でオディールに迫った。

 うわぁ!

 今度もかろうじて避けたオディールだったが、割れ目はそのまま渋谷のスクランブル交差点の映像を切り裂いていく。

 グォン!

 直後、嫌な音をたてながら空間の割れ目は紫色の光を放ち、一気に大きく広がった。

 えぇっ!

 その想定外な動きにオディールは対応できず、足を滑らせ、そのまま空間の割れ目へと吸い込まれていく。

「そ、そんな! いやぁぁぁ!」

 断末魔の悲鳴を残しながら、空間の割れ目へと堕ち、神殿からはじき出されてしまうオディール。

 せっかく命がけでたどり着いた神殿。なのに、何もできないまま幼女に処理されてしまう。オディールは例えようもなく深い絶望に震えながら漆黒の闇へと落ちていった。


        ◇


 ぐはぁ!

 思いっきりしりもちをついた衝撃で目を白黒させてしまったオディールだったが、すぐに目の前のとんでもない光景に唖然としてしまう。

 ガヤガヤと無数の人たちが行きかう雑踏の向こうにガーー! と、成田エクスプレスの電車が鉄橋を渡っていく。

 はぁっ!?

 そう、そこは渋谷のスクランブル交差点だったのだ。

 あまりのことに呆然としながら、オディールは周りを見回す。

 CMを流す巨大ビジョンに立ち並ぶ高層ビル。そして、にぎやかな人の波。排気ガスとすえた人混みの匂いに呼び起こされるなつかしい記憶。

 オディールは慌てて自分の手を見た。しかしそれは十五歳のきゃしゃな女の子の細い手のままである。そう、オディールは金髪少女の姿で懐かしの日本へと飛ばされてしまったのだった。
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