S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 彼はじっと、刺すような視線を和葉に向けている。和葉もまた、それを真っ向から受け止める。

「ふぅん」

 柾樹はかすかに頬を緩めたかと思うと、ふいに和葉に顔を近づける。まるでキスでもするかのような距離感に和葉はたじろぐ。鼻先が触れ合うところで彼は動きを止め、ささやいた。

「またな」

 くるりと踵を返して化粧室に入っていく柾樹の後ろ姿を、和葉は呆然と見送った。

(な、なんなの?)

 男性とあんなに距離が近づいたのは初めてのことで、和葉の心臓はまだバクバクと騒いでいる。深呼吸をひとつして、心を落ち着けようとした。

(また……なんて言っても、きっと二度と来ない。もう会うことはないわ)

 会話した記憶をすべて消し去ってしまいたいと思うほど、嫌なやつだった。和葉のもっとも苦手とするタイプの男性だ。
 忘れてしまえ。そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、脳裏に彼の嫌みったらしい笑みが蘇る。

「もうっ」

 和葉の口から、思わずそんな声が漏れた。

 沙月と正樹の縁談がどうなったのかはわからないが、表面上は何事もなかったかのように久野家と円城寺家は店を出ていった。

(沙月さんが心配だけど、私が口出しできる問題じゃないものね)

 あの男も言っていたとおり、客のプライバシーに干渉するなど言語道断だ。
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