S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
(おじいちゃんは嫌がるけど、やっぱりなにか新しい事業のアイディアを出さないといけないのかもなぁ)

 経営が順調な同業者は、冷凍の総菜を全国の百貨店で販売したり、リーズナブルな業態を始めてみたりと、時代に合わせて柔軟に対応しているように思う。

(でも、芙蓉の味を守れなくなったら本末転倒だし……難しいわ)

 これについては育郎や安吾と幾度も議論を重ねているが、堂々巡りでなかなか結論は出せない。

「和葉お嬢さん!」

 ハリのある快活な声に、和葉は振り返る。店から出てきた安吾がこちらに向かって駆けてくる。

「安吾くん、おつかれさま」

 瀬戸内安吾は十八歳のときから、もう十年も芙蓉で働いてくれている育郎の弟子だ。
 奥二重で涼しげな目元。やや三白眼気味のせいか黙っていると怖そうに見えるが、笑顔は案外と人懐っこい。料理人らしい額を見せた短髪も、白い板前法被もとてもよく似合っている。

「あぁ、やっと晴れましたね」

 和葉の隣に立った彼は、空をみあげながら口元を緩めた。

「うん。梅雨だから当たり前だけど、このところ雨続きだったものね」

 安吾は『お嬢さん』などと呼び、敬語を使ってくれているが、和葉にとって彼は兄のような存在だった。いつも優しく、心から頼りにしている。

(昔はかなりヤンチャだったって話だけど、今は全然そんな雰囲気は感じさせないもんね)
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