S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 和葉のため。そう言われたらなにも言い返すことができなかった。柾樹はうつむき、下唇を強くかむ。
 遠くから一目様子を見るだけでも……そんなふうにも考えたが、やめておくことにした。だってきっと、会えば声をかけたくなってしまう。
「本当に覚えていないのか?」と、和葉を苦しめる言葉をうっかり口にしてしまいそうな気がするから。

 東京という街は人が多すぎる。すぐ近くで暮らしているのに、和葉に会えないまま月日だけが流れていった。

『俺は誰よりもかっこよくて、誰よりもすごい……』

 悩みや迷いが生じたとき、柾樹は決まってそうつぶやいた。和葉のおまじないの威力は絶大で、いつも柾樹を支えてくれた。
 大人になった今は、ちょっとやそっとじゃ揺らがない確固たる自信を手に入れたし、喘息の発作が出ることもなくなった。

(我ながら、いい男になったと思うんだけどなぁ)

 柾樹の努力は全部、和葉にふさわしい男になるためだったのに……肝心の彼女がいない。

 外見と財力という甘い蜜を求めて、柾樹の周りには美しい蝶のような美女たちが代わるがわるやってきた。誘われれば食事に出かけるくらいのことはしてみたが、二度目につながるような相手はいなかった。

 女性が嫌いなわけでは決してないが、和葉以外はみな同じような顔に見えてしまうのだ。いつまで経っても彼女の存在が大きすぎて、どんな女性が現れてもまったく興味が湧かなかった。
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