S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
「なれるよ、安吾くんなら」

 和葉と安吾は和やかにほほ笑み合った。

「円城寺家がリピーターになってくださったら、うれしいですね。あの家の御用達とでも評判になれば、新規の客も大勢つきそうだ」

 経営状況を心配する和葉を励ますつもりで彼は言ったのだろうが、和葉はうっと言葉に詰まった。今さらながら、後悔の念が押し寄せてくる。

(そうなのよね。円城寺家のご贔屓になれたら、きっとお客さまが次から次へと……)

 逃した魚の大きさを、和葉は惜しんだ。

『円城寺を怒らせたら、この国で医師はできない』と言われているほどなのだ。

(逆にお医者さまたちに『絶対に芙蓉は利用するな』とか言われたらどうしよう……あの嫌みな男なら、言いかねない気がするわ)

『またな』

 彼が告げた別れの言葉を思い出す。
 まずありえないだろうけど、もし本当に彼が再訪したら……そのときは媚びを売るべきだろうか。和葉は考えたが、答えはノーだ。

(何度出会い直しても、あの手の男は大嫌い! 愛想を振りまくのは死んでもごめんよ)

 そもそも、こんな心配は取らぬ狸の皮算用でしかない。柾樹がもう一度店に来る可能性など、万にひとつもないのだから。

「おじいちゃん。お茶、入れたよ」

 夜。お茶を飲みながら少しだけ話をするのは、和葉がこの家に来た八歳のときからの習慣だ。育郎はあまりお酒を好まないので、緑茶やほうじ茶、紅茶にするときもある。
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