S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
(お母さんの声が優しかったこととか、立派な松のある大きな庭を散歩したこととか、断片的には覚えているんだけど)

 詳細を描こうとすると、頭が痛くなってしまってダメなのだ。しっかり思い出せるのは、育郎に連れられてこの家にやって来た日以降のことだけ。

 だから、和葉の認識している自分の過去は育郎から教えてもらった内容だけだ。和香子のことも、こうやって時々彼に話をしてもらって想像する。

「和香子は優等生だったよ。優しくて、成績もよくてな。だから、妊娠を告げられたときは、目ん玉が飛び出るほど驚いてなぁ」
「じゃあ、中身は私とは似てないのか」

 和葉は優等生とはほど遠いタイプだ。反抗期には、しっかり育郎と喧嘩もした。

「いや。芯の強さはそっくりだぞ。和香子も和葉も頑固もんだ」
「おじいちゃんもね!」

 育郎はぽつりと悲しげな声でつぶやいた。

「――あいつの、最初で最後のワガママくらいドンと受け止めてやりゃあよかった。ずっと一緒に暮らしていたらな……」

 育郎の悔いが伝わってきて、和葉もしんみりした気持ちになる。
 和葉の父は、どうやら〝妻子持ちの男〟だったようだ。一本気な性格の育郎は、それがどうしても許せなかったのだろう。

 育郎は真剣な表情で和葉に向き直る。

「和葉は好きな男と幸せになれよ。お前の幸せと比べたら、店の将来なんか小さなことだからな」
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