S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 より正確に表現するならば、抱かれてしまったそのあとが怖いのだ。底なし沼に片足を踏み入れるような恐怖心があった。

(だって、私はあなたの本心を知ってるもの)

 目の前の男にハマってはいけない、そのことはよく理解しているつもりだ。

 和葉は祖父とふたりで、老舗料亭『芙蓉(ふよう)』を切り盛りする二十五歳。意志の強さを反映した、ぱっちり二重の大きな目がチャームポイント。芙蓉の看板娘で、常連客からは『愛嬌があるね』と褒められるが決して美女ではない。目の前の彼とは、とうてい釣り合いの取れない平凡な人間だ。

(円城寺家なんて、一生、かかわり合いになることはないと思ってたのに……)

 人生はなにが起きるかわからないものだ。

「それは、できない相談だな」

 柾樹はニヤリと鷹揚に笑ってみせた。その余裕綽綽ぶりが余計に悔しい。

「お前は俺の妻。俺は妻を愛したいと、最初からそう言っているだろう」
「――それはっ」

 柾樹はずるい男だと思う。彼の言う『愛したい』はおそらく精神的な意味ではない。跡継ぎ――つまり、身体の関係をさしているのだろう。

(そういう契約だからと、はっきり言ってくれればいいのに)

 和葉はある目的があって、彼の妻になった。自分たちは愛情で結ばれたわけではなく、利害関係の一致で結婚を決めた。跡継ぎを残す努力をすることも契約条件のひとつだ。
< 2 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop