S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
(いけ好かない人ではあるけれど、今夜、彼が居合わせてくれたことは幸運だった)

 素早く応急処置をし、こんなに立派な病院まで運んでくれた。柾樹のおかげで、育郎に最善の対応ができたと思う。

 おまけに彼は、処置室の前で待つ和葉に今も付き添ってくれている。

「あの、ここにいて大丈夫なんですか? お時間とか」
「今日は休みだ。勤務時間なら俺が治療に当たりたかったが、軽く酒も飲んでしまったしな」

 和葉の質問を彼は〝医師として仕事をしなくていいのか?〟という意味に受け取ったらしい。

「そういう意味ではなく……えっと、私はもう大丈夫なので」

 せっかくの休みなのだから帰っていい。和葉は言外にそう伝えたが、柾樹が腰をあげる様子はない。

 らしくもない優しい声で彼は言う。

「暗い廊下に、震えている女をひとり残して帰るほど非道にはなりきれないな」

 これは彼の本心なのだろうか。沙月に冷たい言葉を吐いていた男と隣にいる彼が同一人物とはとても思えなくて、和葉は混乱してしまった。

(いい人だとは今も思えない。でも――)

 和葉は柾樹を見つめ、口を開く。

「円城寺さん」

 初めて彼の名を呼んだ。ふっと目を細めて柾樹が視線を送ってよこす。

「あの、今夜は本当にありがとうございました。円城寺さんはおじいちゃんの恩人です。このお礼はいつか必ず――」

 和葉の言葉に重ねるように彼は言った。
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