S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 和葉の頬がカッと赤く染まる。

「勝手に名前を呼ばないでください!」

 和葉がそう叫んだタイミングでタクシーが芙蓉の前に着く。
 プリプリと怒りながら、和葉は柾樹に三千円を押しつけてタクシーをおりた。

(セクハラよ、あんなの!)

 彼の触れた腰が熱を帯びてやけに熱い。

(でも、もしかしたら……私が頼りやすいようにわざと憎まれ口を?)

 なんとなく、そんな気もした。彼の心配そうな眼差しに嘘はないように思えたから。となると、今度は別のことが気にかかった。

(医師である彼が心配するってことはやっぱりおじいちゃんに大病の可能性が?)

 忍び寄ってくる不安の影に、和葉は羽織っていたトレンチコートの胸元をギュッと握る。
 自分がしっかりしなければとわかっているのに、今の和葉はまるで親とはぐれてしまった迷子の子どもだ。オロオロとおびえることしかできないでいる。

 それから二週間。最初に説明されていた育郎の退院予定は白紙になってしまった。初期の大腸癌が見つかったからだ。幸い、あまり進行はしておらず治療の手立てはあるとのことだった。

 昼と夜の営業の合間に、和葉は安吾と登美子にそれを説明した。店をどうしていくか、相談しなければならない。

「大腸癌……」
「そんな――」

 状況を知った安吾と登美子は、言葉少なにうなだれた。和葉も同じ気持ちだが、無理して明るい声を出す。
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