S系外科医の愛に堕とされる激甘契約婚【財閥御曹司シリーズ円城寺家編】
 久野家も歴史ある製薬メーカーの創業一族、釣り合いの取れた素晴らしい縁談なのだろう。

(当人同士も美男美女で、とってもお似合い……なのに、どうして微妙な雰囲気なのかしら)

 野次馬根性でちらりとそんなことを考えながら、和葉はその場を辞した。が、襖が閉まる寸前に室内の不穏な声を聞いてしまった。

「そ、そんなっ」

 落胆の声をあげているのは、久野家の主人。偉ぶったところのない、人格者だ。和葉は思わず、閉めかけた襖の隙間から様子をうかがう。

「――興味ないんだよなぁ。こういう、いかにもお嬢さま然とした女にはね。夜もつまらなそうだし、俺はきっとすぐに飽きる」

 美貌の男が放った台詞に、和葉は耳を疑った。

(え? 今のって、沙月さんに言ったの?)

 男は悪魔のような笑みで、容赦なく言い放つ。

「そういうわけなので、この縁談はなかったことにしましょう。彼女を妻にする気にはなれない」
「……円城寺さん」

 沙月の声は震えている。

 次の瞬間、ふいに男の目が和葉のいる襖へと向けられた。彼は和葉の存在に気づいたわけではなさそうだが、盗み聞きは料亭の従業員にあるまじき行為だ。和葉は我に返って、急いで身をひるがえした。
 早足で廊下を進み、厨房の手前まで来たところでようやく息をついた。

(とんでもない失礼をしてしまった。それは反省するけれど……でも!)
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