はじめての さよなら… 《plot story ver.》
第2話 俺たちの日常
翌日の放課後、俺はいつもと同じようにバスの時間まで図書館で問題集に向かっていた。
高校3年の身としては、受験までの時間は否応なしに近づいているし、家に帰ればそれはそれで誘惑もたくさんある。
学校の図書館という場所であれば、少なくとも極端な邪魔は入らない。
「こんにちは」
背後から聞き覚えのある小さな声がした。
彼女だった。今日は一人で来たようだ。今日は教室から引き上げてきたようで、手には鞄を持っていた。どことなくソワソワしている。
「谷口さんだったよね、座りなよ」
「はい」
試験前には混雑している放課後の図書館も、まだ閑散としていて、俺たちのテーブルに相席はいない。
谷口美香、13歳の中学1年生。兄弟無しの一人っ子。
それが、昨日の手紙に書かれていた彼女のプロフィールだ。
「俺にお兄さんになってほしいって?」
「はい……。ご迷惑ですよね……」
迷惑と言うより、面食らってしまったのが昨日の手紙を読んでの第一印象だ。
「ちょっと話を聞いてもいいかな?」
参考書を閉じて、近くに人がいないことを確認した。これなら、ここで話を続けても大丈夫そうだ。
「本当に俺で間違いないかい?」
「はい。先輩のこと、部活とか体育祭で見てて、かっこいいと言うより優しそうだなって思って」
全面的に喜んでいいのかよくわからないが、少なくとも好意を持ってくれていることは間違いない。
「気持ちは本当に嬉しいんだけど……」
「はい……」
美香の表情が固くなる。
「俺も受験を控えちゃってるから、期待に応えられるか分からないけど、それでもいい?」
「もちろんです。まずは受験頑張ってください。私はそれでも大丈夫です」
もともと、付き合っている相手もいないし、俺の家族では弟だけというなかで、何となく妹が欲しかった自分の中の環境としては、妹のような美香の存在というのは新鮮だし、断る理由もなかった。
「俺さ、あんまりそう言うのよくわからないけど、それでもいいならよろしく頼むよ」
「はい! ありがとうございます!」
こんな感じで始まった美香と俺の不思議な関係。
周囲はといえば、実のところあまり騒がれなかったというのが正直なところで。
俺の周りでは、受験を目前に控えた時期に、他人のことなど気にしてもいられないところ。彼女にしても、相手がそれだけ離れた年上であれば敵うこともないという事らしいと言っていた。
俺と美香では電車に乗る駅も違う。時間と乗車位置をあわせて一緒に登下校もするようになったけれど、これだけの年の差だと、本当の兄妹のように見られることの方が多かった。
それに、二人の身長の差にも助けられた。175センチの俺とクラスで一番小さな135センチの美香。これではつき合っていたとしても端からは本気にされないだろう。
「美香は何か言われないか?」
「はい! 先輩こそ心配です……」
「俺の方は心配すんな。逆に何もやってやれなくてごめんな」
俺たちが一緒にいる時間は主に放課後だった。定期試験やその日の宿題を一緒に片づけることが日課になった。今ふうに言ってしまえば専属の個別指導だ。
これには、最初俺たちとの関係を懐疑的に見ていた連中も何も言えなくなったらしい。
「私、将来は薬剤師を目指したいんです」
そんな美香との会話。しかし、暗記が中心となる歴史物とは違い、化学系の教科はパターンが多すぎて覚え切れるものではないから毎回苦労するという。本当は実験などで覚えるのが一番だが、学校の授業ではそうもいかないのが事実だ。
これを彼女に解りやすいように落とし込んでやる作業が、逆に俺の復習にもつながっていたのだから一石二鳥だった。