はじめての さよなら… 《plot story ver.》
第3話 はじめての言葉が…
「受験、大丈夫ですか?」
いつもどおり途中駅に降りて、美香の自転車置き場までの道を一緒に歩く。
「まぁ、なんとかなるだろう。だめなときはそこで考えるさ」
目の前にあるのは、来月下旬に迫っている推薦試験。ここで目途が付くかどうかで冬休みの過ごし方が変わってしまう。
「ちゃんと第一希望に合格してください。私のためにも……」
「え?」
「い、いえ。失礼しました。また明日です!」
顔を真っ赤にして、自転車を漕いでいく彼女を俺はぽかんと見ることしかできなかった。
翌日、通学の電車に乗るときに美香は封筒の手紙を渡してきた。
「今見ちゃダメです」
恥ずかしそうに顔を赤らめているところを見て、何となく中身を察してしまうけれど、言われたとおりに彼女と別れて、まだほとんどクラスメイトも来ていない教室に入ってからそれを開くことにした。
『先輩、昨日は失礼しました。でも、あれが私の本心です。私、先輩が好きです。受験が終わるまで、言ってはいけないって分かってました。だからお返事はその後でも大丈夫です。ではまた後ほど……』
周囲に人が増えていないことを確認する。自分でも顔が赤くなっていることがわかった。
その日の授業は正直頭に入らなかった。
美香がその状況はまずいと我慢してくれていたわけだが、こうなった以上、結果が分かるまで返事を保留するなんて方が精神的にもよくない。
その日の放課後、いつものように図書館にやってきた美香に俺は告げた。
「俺も大きなこと言える立場じゃないってのは分かってるけどさ」
「はい」
ここまでで、美香の目に涙が浮かんだ。
「これからもよろしくな」
「ありがとう……ございます」
「正直、初めての両思いだから、下手だと思うぞ?」
「いいんです。私も初めてですから」
そんな感じで、俺たちの関係が始まったわけだが、そもそも美香には当初からそういう気持ちを持っていたわけだし、学生の身分でこれだけの年の差であれば、これまでとあまり変わることもない。
その代わり、二人の間で交わされている手紙の中身については、やはりそれなりになっているようで。
話の内容は次第に卒業後、そしてもっと先の未来を語るようになってきた。
「先輩は子供って好きですか?」
「嫌いじゃないなぁ」
「それなら良かったです」
「なんかあるんか?」
「私、大きくなったら、先輩との子供がほしいです。私もきっと仕事に出てしまうから、旦那様にも子どもの面倒で協力してもらわなくちゃならないと思うし」
「なるほどな。美香はもうそんなこと考えてるのか?」
その年のクリスマスは、2学期の終業式だった。
美香と俺はいつもどおり、図書館で過ごしていた。
もちろん、明日からしばらくの間会えなくなってしまうので、時間の許す限り一緒にいたかったことと、もう一つの理由があった。
「そろそろ時間だから、行ってくるよ」
「いい結果待ってます」
そう、この日は先日受験した推薦試験の結果が発表される。冬休みの過ごし方が全く変わってしまうし、美香にもいいニュースを渡しておきたかった。
「相原だな。よく頑張ったな。家に帰って手続きを進めておきなさい」
職員室には担任が待っていてくれた。
「はいっ」
俺は職員室を飛び出すと、真っ先に彼女の元に走った。
「どうでした?」
戻ってきた俺に美香の顔が緊張している。
「美香、応援ありがとう。終わったぜ」
「よかったです! おめでとうございます。頑張りましたね」
「いつも応援してくれたからだ。ありがとうな」
その日は、いつもの帰り道をゆっくり歩いた。
「ねえ先輩?」
「なんだ?」
「私も頑張ります。卒業してもずっと一緒にいてくれますよね」
そうなのだ。この日が終わってしまうと、高校3年生の3学期は数日の登校日しか学校に出てこなくなってしまう。無条件に毎日会うことが出来るのはこの日が最後なのだ。
「大丈夫だ。俺はちゃんと美香を迎えにいく。同じ学校じゃなくなれば、普通に遊びに行くことも出来るしな」
今月に入ってからの美香は、もう隠すこともなく気持ちを伝えてきた。
『愛してます』『結婚したいです』そんなキーワードがたくさん使われてきた。
彼女の気持ちは嬉しかったし、俺の中にも自惚れというものがあったのだろう。
または、高校生と中学生の恋愛としては、精いっぱいの背伸びだったのかもしれない。
「また、手紙書くよ」
「うん、こんどは始業式ですね」
これまでと変わらない、いつもどおりの帰り道。
普段通りでいい。そう思っていたし、ずっと先の約束をした俺たちにとって、それは何とでもないことのはずだった。