キミはひみつの王子様。─ようこそ、オオカミだらけの男子校へ─
野球みたいだ。
例えるなら、野球。
わたしにスライダーを教えてくれたときのことを思い出した。
「たしかカンナの得意楽器はピアニカとリコーダー、だっけ?…ふっ、あのときも俺、実は可愛いなって思ったりしてた」
人差し指、中指、薬指。
それぞれの細い弦をそっと押さえるように案内してくれて、いつの間にか右手にピックを持っていた彼が弦を鳴らす。
ジャーーンと、ここで鳴らしたはずの音がアンプから響いた。
「今のが基本中の基本の、Cコード」
次は中指、薬指。
また一緒に重ねてられて、今度は右手にピックを握らせられた。
「やってみて?」と、耳元で甘く甘く囁いてくる。
弱々しくて震えた音が、アンプを伝って聞こえてきた。
「…そ。じょーず。今のがEm(イーマイナー)」
「……う……、」
ぽたり、ぽたり、ぽたり。
とうとうギターの上に落としてしまった涙と声。
ごめん、頼くん。
頼くんの大切なギターを濡らしちゃった。
「……っ、…ぅぅ…っ、」
たぶん、ずっと泣いてたんだわたし。
あの日の体育祭あとも、ずっとずっと。