Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
十分に街歩きを堪能した後、そろそろホテルに行こうという話になった。

ホテルは智くんが予約しておいてくれたと聞いている。

フロントに着くと、チェックインをしたのだが、そこで智くんとフロントスタッフのチェコ語の会話を聞いていて「あれ?」と思った。

私はこそっと日本語で彼に尋ねる。

「あの、部屋のタイプはツインで予約したって言ってなかったっけ?今、ダブルって聞こえた気がするんだけど‥‥」

「ああ、何か予約ミスがあったみたいでダブルになったんだって。でも婚約者なんだし問題ないでしょ?」

「え?あ、うん‥‥」

スタッフとのチェコ語の会話は、私が聞き取れた限りだと特に予約ミスがあったような雰囲気はなかったのだけど。

でも私よりチェコ語が堪能な智くんにそう言われてしまうとそうなのだろうと思った。

(それにしてもダブルか‥‥。ツインだと部屋は同じでもベッドは別々だから精神的に大丈夫だろうと思ってたのにな)

同じベッドで眠ることにやや躊躇してしまうが、旅行中は婚約者のフリをずっと続けるということになっているから夜も例外じゃないのだろう。

わずかでも動揺してることが悟られないように私は無理やりニコッと微笑んだ。



部屋に入ると、歩き疲れた私たちは夕食のために外に出かけることが面倒になり、ホテルのルームサービスを頼むことにした。

ラグジュアリーホテルではないが、そこそこのグレードのホテルだったので、しっかりとした美味しい食事が提供され大満足だ。

ホテルでルームサービスということ自体が非日常だから、私はそれだけでも旅行気分を味わえた。

「環菜、先にシャワー使う?」

「ううん、お腹いっぱいで動けないから、智くん先に使っていいよ」

「そう?じゃあ先に使うね」

そう言って智くんがバスルームに消えて行くと、私は急にソワソワしてくる。

このシチュエーションでドキドキするなと言う方が無理だった。

好きな人とホテルの部屋で2人きりで、しかも今は婚約者役を継続しているから、恋人らしい振る舞いが許される状況なのだ。

(ま、まさかね‥‥?さすがに一緒に寝るだけだよね。智くんもきっとそれ以上はしてこないはず。でももし万が一、億が一、求められたら‥‥?)

好きな人から求められたら、嬉しくて、拒否できる自信がなかった。

それがたとえ婚約者のフリの一環だと分かっていても、きっと私は身を委ねてしまうだろう。

(でもまさかね‥‥?智くんはモテるから女性に困ってるわけじゃないし、わざわざ婚約者のフリを頼んでる相手を抱いたりしないよね、きっと)
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