Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
「本当に2人は仲睦まじくて羨ましいわ。お互いを想い合ってるのが伝わってくるもの。私と亡くなった主人のようよ。いつ相手がいなくなってしまうか分からないんだから、素直に気持ちを伝え合って、いつまでも仲良くするのよ?」

元会長夫人は、ご主人である亡くなった会長を思い出しているのだろう。

少し目を潤ませて僕たちを交互に見やると、そんな言葉を残して、他の方に呼ばれてそちらに行ってしまった。

「ご夫人の言葉はすごく胸に沁みるね。私も早くに家族を亡くしたから、おっしゃりたいことがすごく分かる気がする‥‥」

元会長夫人の言葉を噛み締めるように反芻している環菜の瞳も少し濡れている。

環菜も亡くなった家族に思いを馳せているのだろう。

僕はそっと環菜の腰に手を回し、寄り添うように引き寄せた。

環菜もそれに抵抗することなく身を任せ、寄りかかるように僕に身体を預けてきた。

そして「ありがとう」と言うように、僕を見上げると柔らかに微笑む。



こんなふうに僕たちの距離がより近くなったのは、あの旅行がキッカケだろう。

あの旅行は本当にまるでお互いを心底思い合っている恋人そのもののようだったからだ。

環菜がお詫びをしたいと言っていた言葉を利用して、婚約者役を演じている環菜でもいいから、僕を好きな気持ちで溢れた彼女と過ごしたいと、あの旅行を持ちかけた。

旅行に行ったことがないから職場で怪しまれているとかは全部ただの嘘だ。

人目があるから旅行中は婚約者のフリをずっとして欲しいと言ったのも、ただその状態の環菜と過ごしたかっただけのこと。

躊躇しているようだったから、負けず嫌いな環菜にわざと「できる?」と問いかけて承諾させたのだ。

宿泊するホテルも、環菜にはツインを予約したと言いつつ、実は最初からダブルで予約しておいたのだった。

旅行中の環菜は予想以上の役への入り込み具合で、どこでなにをしていても、僕を好きな気持ちを全開に溢れ出させていた。

その瞳も、声、仕草も、態度もすべてが僕を好きだと言っていたのだ。

家にいる時の僕に全く興味がないであろう環菜とは大違いで、彼女は本当に演じるのが上手いし好きなのだなと心底感心した。
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