Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
その日も私はカフェでのアルバイトに精を出していた。

常連の演技好き仲間のジェームズさんが来店していて、私たちは毎年11月に予備選考が行われるアカデミー賞についての話題で会話に花を咲かせていた。

今年はあの作品が良かった、あの女優や俳優の演技が良かった、あの監督は最高だった等で盛り上がる。

お客さんが少なかったのをいいことに、すっかり話し込んでしまっていた。

ジェームズさんが帰って行くと、ちょうど私のシフトの時間も終わり、片付けをして同僚に挨拶をして帰宅する。

すっかり寒くなったプラハの街を、白い息を吐きながら足早に歩いていると、お店を出て少したったところでいきなり後ろから小さな声が聞こえた。

「亜希!」

日本語で呼びかけられたその声、その呼び名に、一瞬ピタッと動きを止める。

聞き慣れた声だったのだ。

でもこんなところで聞こえるはずがないものだから、私は聞き間違いかと再び歩き出す。

「亜希!亜希!ちょっと待って!」

今度はハッキリとその声が聞こえ、驚いて振り返る。

するとそこには、ここにいるはずのない人物、元マネージャーの皆川さんが立っていたのだ。

「み、皆川さん‥‥!?」

「亜希、やっと見つけたよ。会えて良かった」

安堵の表情を浮かべる皆川さんに対して、私は驚きで固まってしまう。

「な、なんでここに?それにどうしてここが分かったの?」

プラハに来ることは誰にも言っていなかった。

もちろん皆川さんにもだ。

だからなぜここにいるのか心底分からなかったのだ。

「亜希が事務所を辞めた後もずっと気になっていたんだよ。どうしてるのかって。でも亜希はマンションを退去すると突然消えてしまって。僕にすら行き先を教えてくれなかったから、本当に心配していたんだ」

「それは‥‥。もう皆川さんは私のマネージャーじゃないし、真梨花さんのマネージャーだったから。迷惑はかけられないよ。それなのに何でここに?」

「実は先日、週刊誌の記者が事務所に訪ねて来たんだ。プラハに亜希が住んでるのは本当かって聞きにきた。まだ確証を持ってる感じではなかったけどね」

その言葉に一気に背筋が冷たくなる。

まさか記者に勘付かれているとは思いもしなかった。

「事務所側もそんなこと知らなかったし、それを察した記者もガセネタっぽいなって思ってる風ではあったよ。第一、亜希はもううちの所属じゃありませんからって追い返したしね。それでその記者の言葉に僕はあることを思い出したんだ。確か亜希の学生時代の友達がチェコ人でプラハに住んでたなって」

「あっ‥‥」
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