Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#25. 逃亡

「今頃、智くんはビックリしてるかもしれないな‥‥」

電車に揺られ外の景色を眺めながら、私はポツリとつぶやく。

何も言わないで突然消えて心配をかけているかもしれない。

でも私にはこうするしかなかったのだ。

(最後にあんなふうに抱いてもらえて幸せだったな‥‥)

私はあの甘い一夜を思い出し、あの幸せにはもう戻れないと思うと目に涙が浮かんだ。



あの日、私は智くんに素直な気持ちを伝え、偽りの婚約者役を終わらせる決意をしていた。

それは元会長夫人の言葉を聞いて、いつまでもこのままじゃいけないと思ったからだ。

いつ一緒にいられなくなるか分からないのだから、ちゃんと伝えないと後悔すると思った。

そして同時に、智くんの元から去る決意も固めていた。

それはあの記者が私の居場所を突き止めて現れたからだった。

あの記事は遅かれ早かれ近日中に公開されることになるだろう。

そうなれば、智くんにも迷惑がかかってしまう可能性が高い。

その記事の後追い取材として別の記者がまた来るかもしれないし、もし智くんと一緒に住んでいることがバレれば、男漁りされた可哀想な人として智くんも悪く言われるかもしれない。

そんなこと絶対避けたかったし、居場所が露見した以上はあの場にはもういられないだろう。

そう思って、カフェのマネージャーにもあの日辞める旨を話してきた。

詳しいことは話せないものの、「人から逃げていて居場所がバレてしまったのでもうここでは働くことが難しい」と話したのだ。

マネージャーは私がストーカーから逃げていると思ったらしく、理解を示してくれると、「またいつでも戻ってきていいから」と言ってくれたのだった。

(本当にいい人に恵まれていたな。カタリーナやアンドレイ、ジェームズさん、渡瀬さん、ノヴァコバ議員夫妻などにもお世話になったから挨拶したかったけど‥‥)

プラハで出会った人々の顔を思い浮かべると、寂しくて胸が締め付けられるようだった。
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