Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
最後に智くんに抱いて欲しいと言ったのは、婚約者役としてではなく、ただの秋月環菜として、少しでも幸せな記憶がほしかったからだ。

私の気持ちを素直に話して、智くんが困ったとしても、ただ最後に抱いてくれるだけでも良かった。

なのに、まさか智くんも私を好きでいてくれたなんて予想外だったのだけど、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

気持ちが通じ合った触れ合いはすごく甘く幸せで、もうこのままどうなってもいいと思った。

一瞬決意が鈍りそうになったけど、でも逆にこんなに大切な人を巻き込みたくない、迷惑をかけたくないとも強く感じた。



智くんは明日からしばらく日本だ。

日本で忙しくしている間に私のことも忘れてくれるだろう。

それにもしかすると智くんが日本にいる間にあの記者の記事が出れば、私の過去のスキャンダルについても彼の目や耳に入ることになるかもしれないと思った。

そうなればきっと幻滅されるに違いない。

もうあんなふうに私を好きだと言ってくれるはずがないのだ。

だって彼の周りには魅力的な女性が常に溢れているわけで、わざわざ私みたいな面倒なスキャンダル持ちの終わった女を選ぶわけがないから。

私は演じることくらいでしか彼の役に立てないし、それができなくなった今、面倒をかけるだけの存在で、もうそばにいる資格もないと思うのだ。



そう思うと胸を鷲掴みされるような苦しみを感じた。

せめて彼との思い出に浸っていたい、そう思った私は、クリスマスに一緒に行こうと約束したフランスのストラスブールに向かうことにしたのだ。

しばらくはそこで今後どうするかを考えながら静かに暮らそうと思っている。




プラハから電車を何度か乗り継ぎ、数時間かけてようやくストラスブールに到着する。

ストラスブールは、フランスの北東部に位置し、ドイツとの国境沿いにある都市だ。

かわいらしい木骨組みの家々が並ぶメルヘンチックな風景で知られる古都だそうだ。

私は駅から外に出ると、予約しておいたホテルへ向かう。

ここストラスブールもプラハと同じようにトラムが人々の足になっているようだ。

私は停留所にある券売機でチケットを買うと、トラムに乗って、街並みを眺めた。

プラハとはまた違った雰囲気の可愛らしい街並みで、思わず目を奪われる。

すでに町中がクリスマス一色になっているようで、至る所でデコレーションやライトアップされているのを見かけた。
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