Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
予約していたホテルに着くと、チェックインを済ませて部屋に入る。

シングルルームのシンプルで小さな部屋だ。

安めのホテルを選んだので、とりあえず今後のことを決めるまではここを拠点に動こうと思っている。

移動で疲れてしまった私は、そのまま部屋でシャワーを浴びるとベッドの中に潜り込み、幸せな昨夜から逃げるようにすぐ眠ってしまった。


翌日は、身支度を整えて、街をぶらぶらと一人で歩いてみる。

クリスマスシーズンで観光客が多く街は活気ずいているが、日本人は多くないようなので一安心だ。

旧市街は世界遺産に登録されているらしく、さすがの美しさだった。

(今頃、智くんは日本に向かっているのかな。これからしばらくは国際会議で大忙しなんだろうなぁ。身体を壊さないといいけど)

木骨組みの建物が並ぶ川沿いを散策しながら、
思い出すのは智くんのことばかり。

智くんのもとを去った私が心配してもしょうがないのだけどと自嘲気味な笑みが浮かぶ。

気を紛らわすように偶然目に入ったカフェになんとなく足を踏み入れ、コーヒーを注文した。

外の刺すような冷たい空気が嘘のように店内は温かい。

こじんまりとした昔ながらのカフェという雰囲気のお店は、年配のおばあさんが営んでいるようだった。

フランス語で話しかけられ、私がフランス語は分からない旨を英語で返すと、英語に切り替えて話してくれた。

『これ、注文されたものではないけど、良かったら食べてちょうだい』

そう言ってコーヒーと一緒に提供されたのは、洋菓子のカヌレだった。

『いいんですか?』

『なんだかこの世の終わりみたいな顔してるじゃない。甘いものでも食べて落ち着いたらいいわよ。甘いものは人を幸せにしてくれるからね』

おばあさんはそう言って優しく微笑む。

その笑顔と優しい言葉に亡くなった祖母が重なり、思わず目頭が熱くなった。

どうやら私の顔はひどいものだったらしい。

私は心遣いに感謝しながら、カヌレを手に取り、かじりついた。

外はカリッと、中はしっとりとした食感で、程よい甘さが心を癒してくれるようだ。
< 128 / 169 >

この作品をシェア

pagetop