Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
それから数日後。

ラグジュアリーホテルの最上階にある夜景が美しく見えるバーのカウンターに、僕は女性と並んで座りお酒を飲んでいた。

女性はシナを作りながら、上目遣いで甘えるように僕を見つめてくる。

時折、腕や太ももに触れてきて、熱のこもった瞳で誘ってくる様子も見受けられた。

内心では嫌悪感しかないが、そんなことは1ミリも顔に出さず、隙のない笑顔で応え続けている。

相手は、あの千葉真梨花だった。


「桜庭さんは、外交官だから今は日本だけどまた海外に行かれるんですよねぇ?」

「そうだよ。海外が長いから君みたいな可愛い子が女優をやってるなんて知らなかった。君みたいな女性を妻にできたらなって思うよ」

「やだぁ、可愛いだなんて嬉しい〜!」

千葉真梨花はわざとらしく照れるように身体をクネクネとくねらせている。

「外交官の奥さんって海外でどんな暮らししてるんですかぁ?」

「家のことは召使いに全部任せられるし、自分は毎日ドレス着てパーティーに参加したり、スパやエステで自分を磨いたり、色んな国に旅行に行って美味しい食事を堪能したりしている人が多いかな」

「素敵ぃ〜!」

話したことは、千葉真梨花が興味を持つであろうことをツラツラと述べただけの、まるっきりの嘘だった。

案の定、彼女は目をキラキラさせ、うっとりとした顔になる。

そして獲物を狙うような目で僕を見据える。

「桜庭さんは独身なんですよねぇ?それに私のことがタイプで真剣に結婚を考えたいから皆川さんに頼み込んで紹介してもらったって聞きました。皆川さんの知り合いにこんな素敵な人がいるなんて知らなかったですぅ!うふっ、実は私も桜庭さんにお会いして一目惚れしちゃいましたぁ!」

「本当に?それは嬉しいな」

「私、桜庭さんとなら海外にも一緒について行きますよぉ!女優は辞めて、外交官の妻になっちゃおっかなぁ〜!」

ご満悦な笑みを浮かべて、僕の肩にしなだれかかってくる。

振り払いたい衝動に駆られながら、「そろそろだな」と時間を確認してぐっと耐えた。

「真梨花!」

その時、背後から彼女を呼ぶ若い男性の声が聞こえた。

千葉真梨花は後ろを振り返ると、顔を顰めて拒否するような素振りをしている。

「真梨花ちゃん、誰?」

「ぜーんぜん知らない、関係ない人ですぅ!桜庭さん、気にしないでぇ?」

千葉真梨花は見なかったことにするように、くるりと彼に背を向けると、また僕にしなだれかかってきた。

まぁなんとも図太い女だと腹の中で思う。
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