Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#27. 聖なる夜

ストラスブールのクレベール広場。

その真ん中に位置するキラキラ輝くクリスマスツリーの前で、私と智くんは向かい合っていた。

ふいに腕を掴まれて、振り返ったら智くんがそこにいたのだ。

智くんがここにいることが信じられず、私は大きく目を見開いた。

「と、智くん‥‥!」

「やっぱりここにいたね、環菜」

「な、なんでここに!?」

「なんでって約束したでしょ。クリスマスはストラスブールに一緒に行こうって。忘れたの?」

さも当然のように話す智くんの様子に私は狼狽えてしまう。

それは私が突然プラハから去る前の話だ。

日本に行った智くんは忙しさできっと私のことは忘れるだろうし、もし日本滞在中に私の過去を知れば幻滅してしまうだろうと思っていたのに。


「私は忘れてないけど、智くんはもう忘れているだろうって思ってたから驚いて」

「え?なんで僕がもう忘れてるって思うの?」

「だって日本での国際会議は忙しかっただろうし。突然いなくなった私のことなんて、気にしないでしょ?それに‥‥」

「それに?」

「ううん、なんでもない」

日本で私の過去を知ったでしょ?と言いかけて口をつぐむ。

見聞きしてない可能性だってあるのだから、あえて私から言う必要はないだろう。

できるならそのまま知らないままでいてほしい。

だが、そんな私の祈りは虚しく、彼はアッサリと言うのだ。

「もしかして、環菜が以前は神奈月亜希として女優活動をしていたことを言ってる?」

「‥‥!!」

智くんの口から飛び出た神奈月亜希という言葉に思いっきり身体を震わせて動揺してしまう。

やっぱり耳に入ってしまったんだと悲しくなった。

幻滅したという目で智くんから見られたくなくて、私は彼の視線を避けるように俯いた。

なのに智くんは私の腕から手を離すと、今度は両手で私の両頬を包み込むように触れ、首を上げさせると無理やり目を合わせてきた。

嫌でも智くんと目が合ってしまう。

その目には幻滅するような色はなく、むしろ怒りに満ちたような色が浮かんでいた。

智くんが怒りを表に出すのはとても珍しく、その理由も分からなくて困惑してしまう。

「なんか怒ってる‥‥?」

「怒ってるよ。なんでか分かる?」

「私が秘密にしてたから?知ってたらわざわざ婚約者役なんて頼まなかったのにって思ったり?」

そう伺うように答える私の言葉を聞いて、智くんは呆れるようにはぁーっと深い溜息をこぼした。
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