Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
確かに私は日本で仕事もないし、住む家も決まっていないうえに、明日以降の予定は完全に白紙で身軽な身の上だ。

しかも海外であれば、日本にいるよりは人目も気にならないから都合は良かった。

プラハなら、ニューヨークやロンドン、パリといった日本人観光客がすごく多い都市というわけでもないから住みやすいだろう。

なによりカタリーナに久しぶりに会いたかった。

私の心はグラリと揺れる。


でも‥‥

“If I go to Prague, it’s like I escape from things I hate of and I'll feel like a loser….(もしプラハに行ったら、それってなんだか嫌なことから逃げたみたい。自分が負け犬みたいで‥‥)”

“Running away is not a loser at all.That's what it takes to protect your heart.(逃げることは負けじゃないわ。心を守るために必要なことよ)”


負けず嫌いな私は、つい意固地になって、逃げたら負けだと感じていた。

だけど、カタリーナの言葉で肩の力が抜けていく。

(カタリーナの言うとおりかもしれない。このまま人の目を気にしてビクビク怯えて生きるくらいなら、異国で人生をやり直してみようか‥‥?)

今の私にはもう失うものはない。

ならば、とりあえず行ってみても良いのではないかと思ってきた。

私は決意を固めると、カタリーナにその旨を伝える。

彼女はとても嬉しそうな声を上げると、「いつでも大丈夫!待ってる!」と言って電話を切った。



それから数週間後の3月下旬ーー。

日本で諸々の手続きを済ませ、私は今、羽田空港で搭乗予定のフライトを待っている。

これからプラハへと旅立つのだ。

帽子を深くかぶり、マスクで顔を隠しながら、できるだけ人目のつかないところに身を隠す。

久しぶりにこんなに人の多いところに来て、私の心臓の鼓動は早い。

ただこれは別の緊張のせいでもあるのだろう。

そう、未知の世界である異国の地での新しい生活への期待と不安だ。

女優・神奈月亜希ではなく、秋月環菜としてのプラハでの人生が始まろうとしていたーー。
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