Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
辞令を言い渡されてから2週間が経った。

だけど僕は未だに環菜に話すことができていない。

辞令を覆すことはできないから、4月から日本というのは確定事項であり、職場ではすでに引き継ぎを進めている。

そろそろ日本で住む場所の手配など生活面も整え始めなければならない。

それに今住んでいる家も出て行く必要があるので、環菜の今後にも影響してくる。

もういい加減に話さないといけないとは思っていた。

(僕は何でこんなに躊躇しているのだろう?何かを怖れているのか‥‥?)


そう思い、自分の心情を客観的に考察してみる。

僕は環菜と離ればなれになりたくないし、そばで応援していたいと思っている。

でもそれは、離れるのが不安ということかもしれない。

現に過去、環菜は僕の目の前から去ったし、結婚だって法的に縛ってしまうために僕が無理矢理追い込んだようなものだ。

(つまり、離れてしまうことでまた環菜が去ってしまうんじゃないかと怖れている?たとえ法的に束縛できても心までは縛れないから?)

意外な自分の弱い一面を垣間見た気がした。

まさか言い出せないのは、環菜が離れて行ってしまうのが怖かったからだとは。

どうするかなぁと頭を悩ませた僕だったが、その悩みは他でもない環菜によってその夜にぶち壊されることになったーー。



その日は仕事が早く終わり、19時には家に着いた。

玄関を開けると、夕食のいい匂いが漂う。

最近はジェームズさんや制作スタッフ、皆川さんとの打合せでよく家を留守にしている環菜だが、今日はもう家に帰っているらしい。

「ただいま」と声を上げながら、玄関からリビングに移動すると、てっきりキッチンにいると思っていた環菜がリビングに立っていた。

しかも僕を待ち構えるように仁王立ちになっている。

「どうしたの‥‥?」

なんとなく違和感を感じて問いかけると、環菜は何も言わず僕の方へズンズンと近づいてくる。

圧を感じ、思わず後ろへ下がると、そのまま壁際まで追い詰められてしまった。

そして、環菜はさらに僕を囲うようにドンと両手で壁に手をついた。

「‥‥?」

わけがわからず、僕より背の低い環菜を見下ろすと目が合った。

その瞳には不満と怒りの色が浮かんでいる。

(こんな様子の環菜は初めてみる気がするけど、なにか怒らせるようなことしたかな?)
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