Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
呆気に取られていると、アジア人の男性が私に視線を移す。

「Are you okay? ‥‥もしかして日本人の方ですか?」

最初は英語で話しかけられたのだが、その人は途中で日本語になった。

訛りのない綺麗な日本語だから、彼も日本人なのだろう。

日本人なら私を知っているかもしれないと思うと、みるみるうちに顔が青ざめていく。

顔を隠すように少し俯いた。

「‥‥あ、はい。大丈夫です。助けていただきありがとうございました」

「顔が青ざめてますね。怖い思いをされたんでしょう。あの人、ただあなたを口説いてただけなんですけどね」

「‥‥え?」

私が顔面蒼白なのを見てさっきの出来事を怖がっていると思ったらしい。

彼は何を彼と話したのかを説明してくれる。

それによると、私がタイプだから口説きたかったらしいのだが、いくらタイプでも言葉が通じないなら意味ないでしょと彼が正論で追い払ったそうだ。

「そうですか。ありがとうございました」

私はお礼を述べながら、顔を少し上げて彼を見上げる。

改めてよく見ると、その人は驚くくらい整った容姿をしている男性だった。

芸能人だと言われても違和感がない。

「お一人でご旅行ですか?」

彼は人当たりの良いニコニコとした笑顔を浮かべて私に尋ねてきた。

目が三日月のように優しく細められていて、口角がキュッと上がった理想的な笑顔の形だ。

そこに甘さも宿り、まるで親切で優しい王子様のような雰囲気の人だ。



「えぇ、まぁ、はい」

あまり話してボロを出したくない私は質問に曖昧に返事をする。

今のところ彼は全く私が女優の神奈月亜希だとは気づいていないようだ。

「日本人の女性は狙われやすいですし、あなたみたいな方は余計にだと思うんで気をつけてくださいね。あと、スリも日本より多いですし警戒してお過ごしください」

その口ぶりは現地に住んでいる人のものだった。

やっぱりプラハにも日本人はいるのだなと感じる。

現地在住の日本人なら私を知らない可能性も高いけど、あまり長く話していて、ふと思い出したりされると困ると思った私は、この場を早く去りたい気持ちに駆られた。

「ご親切に本当にありがとうございました。では私はこれで失礼します」

そう言って立ち上がると、飲み終わったコーヒーのマグカップとクロワッサン用のお皿をトレイに乗せて返却する。

そのまま彼を振り返ることなく足早にその場をあとにした。


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