Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
社長室を出ると、マネージャーの皆川さんがフォローするようにこそっと声をかけてきた。

皆川さんは38歳独身の男性で、彼こそが街で私に声をかけてきた張本人である。

裏方にするにはもったいないと言われる知的な感じの男前で、共演する女優さんにも人気がある。

ただ私にとっては、男前とか関係なく、スカウトされた頃から今まで5年間を共に歩んできた信頼しているマネージャーだ。

「亜希、清純派路線に不満があるんだよね?もっと色々演じたい亜希の気持ちは分かってるよ。でも今はまだ我慢の時だと思うよ」

「‥‥うん、分かってる」

「亜希の性格は勝ち気で負けず嫌いだし、見た目とギャップがあるから清純派と言われることに居心地の悪さを感じるのは理解できるよ」

「社長も喋らなければって言ってたしね」

私は自嘲気味に苦笑いする。

皆川さんは困ったように少し眉を下げた。

「喋ってももちろん亜希は亜希だし、僕は魅力的だと思うよ。ただ、まだその時じゃないだけだ。とりあえず今は月9ヒロインのオファーを喜ぼう」

「うん」

皆川さんの言うことは正しい。

今はどんな役であれ、頂いた貴重なチャンスを大切に真摯に取り組むしかないのだ。

私が納得した様子なのを見届けると、皆川さんは「ちょっと事務仕事があるから」と私をその場に残してオフィスの方へ向かった。



私はカフェスペースに腰を下ろしてコーヒーを飲みながら皆川さんを待つことにした。

公共交通機関は極力使うなと言われていて、皆川さんの車で送迎してもらうかタクシーかのどちらかで最近は移動している。

今日は皆川さんが送ってくれるそうだ。

コーヒーを飲みながら、先程手渡された月9の台本に目を通していると同じ事務所に所属する女優の千葉真梨花(ちばまりか)が歩いてきた。

24歳の真梨花は私より年齢は下だが、高校生の頃から読者モデルとして活躍し女優となったのでキャリアは私より上だ。

可愛い系の容姿の真梨花は、あざとさが鼻につくと女性人気が低く、演技も棒読みだと酷評されていた。

特に親しくはないが、同じ事務所なので会えば話すという間柄だった。

「亜希さんじゃないですかー!最近活躍されてるみたいですねぇ?」

「ありがとうございます」

最近仕事が減っていると漏れ聞いていたので、そう言われるとちょっと気まずい。

私は自慢気に聞こえないように事務的に答えた。

「あたしなんて全然ですよ〜。ドラマも映画もオファー来ないしぃ」

「‥‥そうなんですね。お互い頑張りましょう」

「そういえばさっき聞いたんだけど、亜希さんってば月9ヒロイン決まったんでしょ?それその台本?お互い頑張ろうなんて言って絶好調じゃないですかぁ〜。嫌味ですかぁ?」

「いえ、そんなつもりは‥‥」

立っている真梨花は男性には見せないであろう表情で私を見下ろす。

その瞳には激しい嫉妬の色が浮かんでいた。

私はその目を見ながら、心の中でつぶやく。

(もっと真面目に努力すればいいのに。それを怠ってるくせに嫉妬しないで欲しい。あなたが若手俳優やアイドルと夜な夜な飲み歩いてるのは業界でも有名なんだけど)
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