Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#7. 秋月環菜という女性(Side智行)

ーーへぇ、僕の笑顔に惑わされない女性もいるんだな。

僕、桜庭智行(さくらばともゆき)が初めて秋月環菜(あきつきかんな)に会った時の感想はそんなものだった。


あれは3月のある日のことだ。

仕事の合間に小腹が空いて、近くのカフェに立ち寄った。

ここのクロワッサンは絶品で気に入っている店の一つだ。

イートインかテイクアウトかどちらにしようかと考えて店に入り、レジに並んでいると、英語とチェコ語で通じ合っていない会話が耳に入ってきた。

そちらに目を向けると、困り顔の若いアジア人女性と熱烈に言い寄るチェコ人男性がいた。

アジア人女性はチェコ語が分からないようで英語で対応しようとしているが、逆にチェコ人男性の方は英語が分からないようだった。

チェコ人は彼女を熱心に口説いていて、「連絡先を教えてくれ」だとか「一緒に食事に行こう」だとか口々に捲し立てている。

それが一切通じていないであろう女性は、そのきれいな顔に困惑の色を浮かべて、オロオロとしていた。

(あれは日本人?まぁ男が口説きたくなるようなきれいな顔立ちはしてるけど。それに押しに弱そうにも見えるし)

その女性は、透明感のある陶器のような肌に、少しタレ目がちな瞳、ぷっくりとした唇が印象的な、いわゆる清楚な癒し系の整った容姿をしていた。

か弱そうな雰囲気が庇護欲をそそり、男がいないと生きていけなそうなオーラが、変な男を呼び寄せそうな感じだった。

しばらく黙って遠目に見ていたのだが、男の方が突然女性の手を握ったのを見て、これはこのまま放置しておくのはマズイかもと思い始めた。

日本人だったとしたら、これがトラブルに発展した場合、結局面倒を見るのは日本大使館だ。

つまり、自分の仕事になりうる。

僕はレジに並ぶ列から離れて2人に近づいていくと、男の方にチェコ語で話しかけて正論で諭した。

男が諦めて去っていくと、女性の方に向き直り、日本語で話しかける。

やはり日本人だったようで、日本語で返事があった。

顔を青くしている彼女は怖い思いをしたようで、状況が理解できていない彼女に何があったのかを説明する。

助けたお礼を述べられ、顔を上げた彼女は僕の顔を少し驚いたように見た。

こんな反応をされるのには慣れている。

僕はいつも通り、人当たりの良い優しい笑顔と言われる表情を作り、ニコニコと微笑みかけた。
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