Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
だが、笑顔を見せると逆に身をこわばらせ、顔を隠すように彼女は俯く。

それはとても不可解な態度だった。

こんなふうに笑顔で話しかければ、敵ではないという意思表示として相手は安心するし、心を開くのが普通だ。

なのに彼女は真逆の態度なのだった。

変わった子だなと思いながら、旅行かと問えば、一人で旅行だという。

(日本人女性がプラハに一人で旅行とは珍しいな。しかもこの容姿だから狙われやすそうだ)

そう思ったので、現地に駐在する外交官としていくつか注意事項を述べておいた。

彼女は僕の忠告にしっかり耳を傾けていたが、聞き終わるとおもむろに立ち上がり、再度お礼を言うと足早に立ち去ってしまった。

あまりの素早さに呆気に取られた。

(なんというか、あれだけ僕に興味を示さない女性も珍しい。あの子とは大違いだな)

そう、1年くらい前にも似たようなシチュエーションがあったのだ。

その時は街でスリにあって困っていた日本人女性に偶然遭遇し、仕事柄、何があったのか話を聞いて、警察や大使館への届出の手続きに付き添った。

そうすると、すっかり好意を持たれてしまい、その日以来ストーカーのように付き纏われているのだ。

僕に恋人がいる間は静観するスタンスのようだったが、半年前に別れて以降は積極的なアプローチが続いていた。

現地の大学に通う音大生で、しかも親が日本の大企業の重役というご令嬢だったようで、親の存在をチラつかせて圧力をかけてくる面倒さなのだ。

自分で言うのもなんだが、敵を作らないためにいつも取り繕っている笑顔を向けると、女性のほとんどが熱を上げてくる。

音大生のご令嬢も例外に漏れずなわけだが、普通よりも執着心が強くちょっと厄介なタイプだったようだ。

本当にさっきの女性とは正反対である。

全く僕の笑顔に惑わされず、もっと僕と話したいという素振りもなく、連絡先すら聞いてこず、逃げるようにサッサと行ってしまったのには驚きとともに新鮮さを感じた。

旅行だと言っていたから、もう会うことはないだろう。

そう思っていたのだが、彼女とはあろうことか仕事の場でまた顔を合わせることになった。



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