Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
遠くからでも彼女は目立っていて、その姿に目を奪われる。

だが、あれは本当にあの時の女性だろうかとも思った。

なぜなら、容姿は同じなのだが立ち振る舞いが全く違うのだ。

先日はオロオロしていて、顔を隠すように俯き、自信なさげな態度だった。

なのに今日は、背筋をピンと伸ばし、堂々とした優雅な振る舞いで、上品に微笑みながら、要人を相手に楽しげに会話を繰り広げている。

あまりの違いに驚きを禁じ得ない。

彼女のパートナーに目をやると、僕も良く知っているプラハ議員のアンドレイだった。

(なぜ彼女がアンドレイと?短期の旅行者じゃなかったのか?)


そのまま元会長夫人をエスコートしながら、僕は遠巻きに彼女を観察する。

彼女は流暢に英語を話しいるし、それだけでなくどうやら相手によって、態度や仕草まで調整しているようなのだ。

こういう場にも慣れているように見える。

彼女を見ているうちに、僕にはあるアイディアが浮かんできた。

(そうだ、彼女こそ都合の良い女性じゃないか。容姿端麗で英語もでき、パーティー慣れもしている。先日と今日の違いからも、自分を作ることに長けているのだろう。いや、演じるのが上手いのかもしれないな。しかも、たぶん僕に全く興味がない。求めていた人材の要件にピッタリじゃないか!)

つい先程あり得ないと諦めた条件に当てはまる女性が目の前にいるのだ。

これはチャンスに違いない。

そうとなれば、確実に承諾させるために、僕はあらゆる状況を想定した策を練り始める。

(まずは彼女が短期の旅行者なのかそうでないのかを確かめた方が良いな。そのうえで、何が彼女に響く言葉なのかは話しながら探るとしよう)

そう方針を決定すると、元会長夫人に一言断りを入れ、僕はアンドレイの方へ足を進めた。

アンドレイに挨拶し、彼女に視線を向けると、彼は彼女を紹介してくれる。

『紹介するよ。こちらは今日の僕のパートナーの環菜。僕の恋人の友人なんだ。環菜、こちらは日本大使館の智行だよ』

『初めまして、秋月環菜です』

秋月環菜と名乗った彼女に、僕はあえて先日会ったことを話題にして反応を探る。

そして肝心の確認事項だった短期滞在なのかいなかも聞き出すことに成功した。

短期滞在ではなく、アンドレイの恋人の家に居候していることが分かり、これですべての条件が満たされた。
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